諸行無常

2015年6月 1日 (月)

諸行無常   (再掲)

“祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり...”

平家物語 冒頭の一説である。

鐘の音は、「ゴ―......ン」となる。

最初の音は力強く、そして次第に小さくなり、

最期は消えてゆく。

人やすべての生きるものは、一瞬、一瞬、常に

化している。そして、最期には鐘の音は消えて

しまう。

 人やすべての生き物も、刹那、刹那に変化し、

鐘の音のように人も最後に消えて、消滅して

いく。

あたかも、

それは鐘の響きに似ている。

多くの悩みの中でもがき苦しむ自分。

もがき苦しむ原因は、多くのさまざまな欲望

があるから他ならないのだろうが、ここか

ら解脱することは、私にはできそうもな

い。

かけがえのない人生、生ある限り、今生かさ

れていることへの感謝。

そして、人の役に立つ行動こそ重要であると

思う今日この頃である。

 鐘の音が鳴り続けている今のこの一瞬にこそ...。



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2015年5月28日 (木)

空海の書物

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空海に関する多くの書物がある。

司馬遼太郎の労作、「空海の風景」を読んだ。

そこには、1200年前の空海の行動、思考等々

他分野の記述があり、実に興味深いが、難解で

もあった。

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この本は、非常に簡潔で判りやすく読みやすい。

何となく真言密教の概論が、判ったような錯覚に陥る。

 しかし、とても、奥行きが深く、真言密教を理解

することはできないし、軽率に真言密教を語ることすら

許されないことは当然である。

 「書」 では、空海が日本の三大書家と称せられてい

るように日本における他の偉大な仏教伝道者とは

違った親しみを覚えてならない。

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2015年1月 4日 (日)

一日 一生....今のこの一瞬!!

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酒井 雄哉 大阿闍梨 「ただ自然に」 より

"どんな一日であっても、今日の自分は今日で終わり、

明日はまた新しい自分。

どこで断ち切られても、自分の一生だったといえる

今日の一日でありたい。

 だから、今日も黙々と日々のつとめをこなして

ゆく。          「P.69 引用」

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この本は、酒井大阿闍梨が書いた書である。

文章は、非常に平易できわめて簡潔で読みやすい。

 平易な文章の中に、実に含蓄の多い、悟りきった

酒井大阿闍梨らしい教訓がたくさんある。

 全て自分をさらけ出して、無の状態からその

刹那、刹那の変化に伴う自分の精神的、肉体的

動きの変化を見つめているかのようである。

 

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2014年12月23日 (火)

「高倉 健 最期の手記」

高倉健  最期の手記」を読んだ。

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「諸行無常」で始まり、「合掌」 で結んである。

 高倉 健といえば、「網走番外地」「昭和残侠伝」

等の任侠映画のスターであり、その後、「八甲田山」

や「鉄道員」の主役を務めた大スターであった。

「往く道は精進にして忍びて終わり悔いなし」

の言葉を残して去っていった。

 

 病床で最後の力を振り絞って綴られた手記を

読むと、俳優 高倉健ではなく、人間 高倉 健の

姿がくっきりと浮かび上がっていた。

任侠映画一筋できていた東映を止めた。

それまで多くの心の葛藤があったことであろう。

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高僧 酒井 大阿闍梨

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比叡山の高僧 酒井雄哉 大僧正がまだ小坊主の時、

高倉健が京都のお寺に撮影に来て、その姿を見たと

き、次のように感じたという。

 こんなに若いのに、これだけの人気と大きな仕事

をしている姿を見て、

“よし、私も、もっと、修行してがんばろう!!“

と誓った!

ということが書いてあった。

その後、このことが、高倉健の耳に入り、高倉が

酒井阿闍梨を訪ねたという。

酒井阿闍梨は、千日回峯(7年間の荒行)

を 2 度も満行された。

延暦寺1000年の歴史の中で、2度満行された人は、

3人 だけという。

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孤高の 高倉 健

このお二人が、その後、お会いすることとなった

が、常に孤高の高倉 健は、酒井阿闍梨にお会いす

ることで、大きな安らぎを得られたことは想像に難

くない。

 

 このお二人の出会いを、酒井阿闍梨は仏の導き、

書いていた。

今、偉大なる、お二人は、天国で笑顔で話し合っ

ているに違いない!

                    合掌

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