乗馬(モンゴル編)

2016年8月16日 (火)

「草原の山羊 空に舞う」

 遊牧民のエルカと二人で馬に揺られながらのんびり

草原を歩いていた。

 エルカの視力は2.5か4.0か判らないほど遠目

が効く.そのエルカが、遠くに”はぐれ山羊”がいるという。

 私はその方向を見ると微かに黒い大きな塊が見える。

 エルカは数キロ先のその山羊を見て“同じ所をクル

クルと回っている”という。

 草原には、はぐれた  馬、山羊、羊はよく見かける。

 群れについて行けなくなった時点で、明日までの命はない。

 夜、狼が草原を40km〜50km位を渉猟するらしい。

頭が狂った山羊は時々同じ所を回ることがあるという

 山羊も三半規管や脳が狂うことがあるらしい。

 そんな山羊は狼も食べないという。仮に食べても、

頭は残すという。そんな話をエルカから聞きながら

馬に揺られていると私は興味本位で、あの山羊を見に

行こう!  と言った。

 数キロ先の黒い山羊を目指して、馬に鞭を打

って走らせた。

山羊との距離が半分くらいになった頃、突然その山羊

が、空に舞い上がった!

 その正体は、大鷲だった。羽を広げると、山羊より

も大きい。

 草原の山羊は、空に舞い上がることもあるの?

 二人は、顔を見合わせて笑った!

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                                             2016.7

                                  (中央 エルカ

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2016年8月 7日 (日)

ナ-ダム(競馬) の優勝馬 に乗る

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勲章

www.youtube.com/embed/DQ3FqCR0k7g?rel=0

私の馬はモンゴルの最大の祭り、ナ-ダム(26km 競馬)

に出て優勝2回、三位2回の成績を持つきわめて早い馬

である。

一度鞭を入れると、トップギアで一気に走る。
 さらに鞭を入れると、ハイトップギアに代わり、肩を波の

ようにうねりながら、ものすごい勢いで走る。
初心者は、優しい馬だが、私は長い間乗っているせいか、

昨年同様一番早い馬が私に割り当てられる。

しかし、速いだけで喜ぶわけにはいかない。

馬の性格はまちまちであり、速いからといって、優しい

馬と限らない。速い馬ほど気性が激しいから、乗りこな

すのが実は難しい。

 さらに、6日間の内に、馬の足が穴にはまったり、草に

滑ったりと、7〜10回位、馬がバランスを崩したが、幸い

落馬をすることはなかった。

 いつも、馬は大きな目で、じっと私の顔を見ている。
 乗り手の腕を確かめるかのように。

               2016.7.25

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2016.7 モンゴル草原の乗馬

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2016.7 今年の草原 (草原は煙に覆われたいた)

S

2015.7 昨年の草原

モンゴル 冬は-40度の厳寒の世界。

夏になると、一面緑の草原に変わる。今年も待ち

に待ったモンゴル草原への旅が始まった。

 空港に着くと、一面煙に覆われていた。ロシアの

森林火災による煙があたりを覆っていた。バイカル

湖あたりの森林で猛暑による火災が発生し、その面

積は日本列島と同じ位だという。その煙がモンゴル

一帯を覆っていた。

 草原ですら夜の星はよく見えない。昼の草原は遠

くの丘も青い空と緑の草原を期待していたが、霧の

草原だ。 これも大自然の草原の一コマである。

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2016.7

 それでも、草原の草は生い茂り、動物達の歓喜の

瞬間であり羊や馬は短い夏を惜しむかのように、空

の薄くたなびいている煙など全く無関心で、ひたす

ら黙々と草原の草を食んでいた。

 2016.7.24




 

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2016年5月 9日 (月)

草原の乗馬の素晴らしさ

Photo

2016.4.6  日本経済新聞 夕刊  より

 

 

4/6 13:00~13:30 東京御茶ノ水ロータリークラブの

 例会時に 「モンゴル草原の乗馬の素晴らしさ」 を講演した。

  その夕方家に帰ると、日経夕刊に上記の記事を目にした。

   私が最初にモンゴルの乗馬をしたのが、19967月である

 から竹宮恵子さんとはほとんど同じ時期である。

  

 草原の乗馬は、心が安らぐ一瞬である。

  そこは都会文明から隔離された幽玄の荒野であり、昔も今も

 変わらない。

  爾来、夏は草原の緑の絨毯の上を馬で走る喜びを感じている。

 

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2016年3月27日 (日)

2016.7/23〜30  草原の乗馬 決定。

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今年の夏、草原が呼んでいるので、不測の事態がない限り

行くことにした。

緑の絨毯は、7月、8月だけの短い期間だが、ここでの

乗馬は心が洗われる。

 参加希望者がいらっしゃいましたら、ご連絡下さい。

成田発のみ。関空発なし。

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2015年8月28日 (金)

遊牧民 エルカ

モンゴルの草原で最もお世話になった人。

エルカ。(右端)

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最初にあったとき、一瞬 映画俳優「ダスティ- ホフマン」

に似ていると思った。

髪型、背の高さは小柄で、笑顔が実に美しい。

 今回の草原の乗馬では、私達3人の担当であり、実によく気

が利いて、適確な説明をしてくれた。

 特に、私のビデオカメラで撮影を楽しむかのように撮って

くれた。

 時には、自分も馬で走りながら、躍動感あるビデオ撮影を

してくれ価値ある映像となったのは、エルカのおかげである。

 8月に入ると、再び、遊牧民として自分の家畜の元に、

帰るという。9月に入ると草原の緑色の草は、枯れてしまうと

言っていた。

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写真: 左 エルカ

私の母(96歳)が毛糸の紐を編んだ。

この紐を日本人にあげようと思ってもなかなか

もらってくれる人がいない。

 いま、着物や浴衣を着る人がいないせいもある。

 たくさんあるので、悩んでいたところ、そうだ、遊牧民に

とって紐は便利だろうと思って20本ほど持参したところ、

案の定引っ張りだことなった。

 母は目が弱くなったので、毛糸の色は暗いと編みにくい

というので明るい色を選んで送っていた。

 これらのきれいな毛糸を子供達は頭に巻いたり、首に

かけたりと大喜びで、母の編んだ紐が、こうして草原で

有効に使われている。

 

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2015年8月27日 (木)

寒さで死んだ羊の肉は食べない

  草原の夏はすぐに過ぎて秋も短い。

  秋から冬への移行は早い

 9月を入ると、一気に秋を通り越して冬の様相を

呈してくる。

 さらに、冬から厳冬の酷寒に移行する。

 モンゴルの冬は、-30度になり、想像を絶する

寒さだ。例年、羊たちもかなり寒さで死ぬという。

 その話を聞いて、遊牧民のエルカに訪ねた。

 死んだ羊は、-30度の外に置いておくだけで天然

の冷凍庫に保管するようなもので、毎日、羊の肉

を食べることができていいね! と言った。

 しかし、意外な言葉が帰ってきた。

 遊牧民は「死んだ羊の肉は食べない!」という。

 寒さで死んだ羊の肉は食べても問題ないと思うが

、遊牧民は決して食べないという。

 他の遊牧民からも蔑まされるともいう。

 エルカはその理由を語らなかった。

 何故だろうか?

 最初は一種のプライドかとも思ったが、草原で

プライドなどあるはずもない。

 エルカは狼も、死んだ肉は食べない!

といったことを思い出した時、その理由が

わかったような気がした。

 羊の死因は、寒さかもしれないが、「病気」

に起因する可能性も否定できない。

 そこから、二次感染を防止するという長年の

経験則が守り続けられているからに違いない。

 人間も狼も感染による危険性を事前に回避し

ている。

 

 すくなくとも、「もったいない」などという

概念は草原の遊牧民にはないようだ。

 

  長年にわたって構築された多くの経験の蒸留があるからこそ

-30度の厳冬を乗り越えて生き続けることができるのだろう。

 ”どこに行っても、生きている羊はたくさん

いる。なにも、死んだ羊の肉を食べて危険を冒

すより 生きている肉を食べればいいではない

か” と、狼が囁いているようだ。

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2015年8月26日 (水)

「遊牧民族」

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モンゴルの遊牧民には「定住」や「所有」に固執すると

いう考え方はない。

草原の草がなくなると、さっさと移動式ゲルをたたんで

ほかの草原に移動する。

 

チンギスハ-ンやオゴタイが巨大な「元帝国」を築いたが、

拡大したその領土を支配し、民族の同化をして、そこに

居座るということはなく、いとも簡単にモンゴルに帰って

いる。

 古代より、モンゴル人に所有という概念はきわめて

希薄であるといえよう。

 広大な草原に羊や馬がいれば「衣食住」は事たれり、

といった考え方が浸透しているように見える。

 それは、農耕民族でもなければ狩猟民族でもない。

「遊牧民族」という希有な存在である。

モンゴル人は「草原が大好き」なんだと思う。

モンゴルの大統領も、夏休みなると草原のゲルに

いって、くつろぐという。

 古代のテムジンもオゴタイもあの草原をこよなく

愛した遊牧民族でおよそ、他国の建物や都市に

魅力を全く感じていなかったようだ。

 それは、この草原に住んだことのない人にとって

このような感性は決して理解することができないし

的確な推測もできない。

今、モンゴルの広大な土地に人口は、わずか「300万人」

である。 それもほとんどがウランバ-トルの都市に集中

している。ほかの土地は、人間より家畜の方が多く

遊牧民が減少している傾向はあるようだが、当分

壮大な草原が失われることはなさそうである。

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(遊牧民 トメさんの勇姿)

 

 

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2015年8月16日 (日)

草原の日記 その9  草原との別れ

 草原は羊や馬たちの世界であり、その中にほんのわず

かな人間がいて、共存が保たれている。

 

 日が落ちると、恐竜にも似た「狼」たちがこの広

い草原をあの鋭い目と嗅覚で渉猟し、闇の世界の支配者

として君臨している。

 

およそ文明社会から隔離された世界であり、

コナン ドイルの「ロストワールド」の世界と何ら

変わるところがない。

最後の別れ

文明社会から隔離された地で、7日間過ごした草原とも

いよいよ別れの時が来た。

 陰で料理を作ってくれていた料理人、夏休みで手伝

いに来ていた子供たち、そして世話をしてくれた多く

の人達。

みんな涙をためながら見送ってくれた。

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車に乗り込んで車が走り出した。

すると、動き出した車に、あのガイド達が天を飛ぶご

とく馬で追いかけてきて、手を振っている。

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 遠くで見えないがおそらく目には涙をいっぱい浮か

 べながら走っているに違いない。

 TVでよく見る光景だが、いざ自分がそこに立つとやはり

悲しみに覆われる。

私ももちろん涙が頬を伝わった。

人は出会えば必ず別れがあるのが常である。

別離はつらい。

そうだ、また来ればいいんだ!近いんだから。

最初にここに来た日と同じように今日も草原の風が

ヒュ-ヒュ- と吹いて、草原も別れのメッセージを

私に送ってくれている。

狼が闇の支配者であるように、

「風」もまた草原の支配者である。           

                      (完)

 

 

 

 

 

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2015年7月30日 (木)

草原の日記  その8  羊の楽園 雨で蘇る

夏の草原は羊たちの楽園だ。

緑の草が生い茂るのは、7月、8月のわずか2ケ月

で,9月になると草原の草は枯れてしまう。

 夜中に遠くで雷が鳴りだし、次第に雨脚が強くな

り、ゲルの屋根に雨音が激しく音を立てている。

 

 この雨は、草原にとって「干天の慈雨」となり、

羊たちに食べられた草が再び伸びてくる恵みの雨と

なる。

 朝になるとその雨も止んでいたが、西の空は

薄墨のように黒く、時折ピカピカと閃光を放って

いる。

 今日は西の方に出発したが、

草原を走っていると、

ポツリポツリと頬を打ってくる。

 いやな予感がする。

 遠い西の彼方に雨のカーテンが劇場の垂れ幕のよ

うに薄く横に広がりこちらにゆっくりと迫ってきている。

 ガイドのエルカは遥か遠くに見える遊牧民のゲルに避難し

ようという。

 そこのゲルまでは、5kmか6kmありそうだ。

雨のカーテンがとうとう私たちを包み込みつつある。

 

全力疾走しようという。

こんなに長い距離を一気に全力疾走できるチャンス

はなかなかない。

内心喜びながら、馬に鞭を入れる。

 馬も人も、ずぶ濡れになりながらようやくゲルに

たどり着いた。

 濡れたままゲルの中に入るのは申し訳なく、入り口付近で

佇んで雨の通り過ぎるのを待つことにした。

ゲルに入るとお母さんと子どもが笑顔で歓迎してく

れた。

 そして、温かい「ミルクティー」を出してくれ、さ

らに揚げパンと作り立てのヨ-グルトも振舞ってくれ

冷えた体を暖めてくれた

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 どこのゲルに行っても訪問者には最大級の歓迎を

するのが遊牧民の作法であるらしい。

冬にもなると、-30° の酷寒の世界になる。

遊牧民にとって、病気や事故等が起きた時、隣の遊

牧民に依存せざるを得ないからである。

 厳しい自然環境の中で生活する遊牧民にとって、

「相互扶助」の精神は昔から培われてきているに違

いない。

外の雨も小降りになってきたのでお礼を言って再び

草原の中に馬を進めていった。

濡れた草原は土が軟らかく、馬も足を取られて転び

やすいが、しかし、柔らかい草原を走るのは馬への

衝撃が少ないのだろう

雨の上がった草原を、エルカは馬に乗り、走りなが

ら撮影をしてくれた。

このような動画は、実に嬉しい。

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雨上がりの草原の緑は一段と鮮やかになり、

羊たちの楽園が再び蘇っていた。

 (続)

 

 

 

 

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