友釣り

2009年5月28日 (木)

狩野川の鮎 5月23日

狩野川で「友釣り」をするのは、いったい何年ぶりだろうか?

 それほど遠い昔になる。今回は、通常、麗照院と呼ばれる淵の上(月ケ瀬)の瀬で竿を出した。

朝六時には、右岸側にはびっしり人が立ちつくしていたが、幸い左岸側には誰もいない。

 理由は、足場が悪いからだ。

しかし、足場の悪い左岸の積み石の上に座りながら、9mの竿を6.5m位に畳んで、すぐ目の前の石を探りながら釣り始めた。

 すぐに、16cm位の鮎が顔を見せてくれた。それから、6匹連続で竿をしならせ、久しぶりに狩野川の友釣りに満足できた。

 

 釣れた鮎は、ほとんど成魚放流の鮎だが、鏡のような淵の際には、5cm位の天然遡上の鮎がたくさん泳いでいた。

 鮎の成長は早い。

 夏には、きっと、狩野川の麗しい鮎になるに違いない。

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2008年10月 6日 (月)

10月6日 の相模川 

Dscn0304_2 東北の鮎は、もう産卵も既に終わり、新しい鮎の生命が誕生しているというのに、ここ関東 相模川では、最後の鮎釣りを楽しんでいる人たちが、解禁日のように立ち並んでいる。

私も、ここから下流2kmくらいの所で竿を出した。14匹釣ったが、まだ、鮎の肌に黒さはない。、大きい鮎は既に落ちて、小さな天然遡上の鮎達が、まだあちらこちらにキラキラしていた。

ここ相模川は、普段足を向けることはほとんどない。

 しかし、秋の気配が漂い、どこの川も、終わる頃、俄然人気が出てくるのが、この相模川である。

ありがたい川である!

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2008年10月 1日 (水)

最上川 萩の花散る

2008.9.19(金)台風接近

台風接近に、九州、東海が大雨になるとTVは報じている。

 最後の鮎釣りをしようと思って、雨の心配がなさそうな新潟、山形方面に車で向かうことにした。

信濃川

昼頃、信濃川に着き、オトリ屋によると、支流の破魔川で今日釣ったという鮎を見せてくれた。

すっかり錆びていて、釣るにはあまりにも忍びなく、釣るのを断念。

 もしかしたら、あの錆びた鮎は、放流した鮎だったかも知れない!そんなことを考えながら、車で北上し続けた。

 途中、私の生まれ故郷の裏を流れる阿賀野川の上を車で渡った時、その水量の多さに改めて驚いた。

  幼い頃から、遊び親しんできた懐かしい川である。

 

加治川、荒川、三面川:

 と、越後の川を眺めながら、一路、今日の宿、温海温泉に向かった。

山形県に入るころには、大きな太陽が、日本海に半分沈みかけていた。

温海川

 温海温泉の宿の前が、温海川である。夕暮れの足下の温海川に目をやると、目の前で多くの鮎達がピシャピシャと大きな音を立てていた。よく見ると、浅い川の石に、無数の鮎達が背鰭を出して、石に着いたケイソウを食べ、その鮎達が反転したときに出る音がそれであり、そのかわいい音は、道端まで聞こえてくる。

鮎はまだたくさんいるので、嬉しくなった。

9/20(土)

 温海川を上流まで探索する。橋の上から見ると、かなり大きな鮎も見えた。

 7m 位の竿でゆっくり釣れば、かなり楽しめそうではあるが、ここで釣るのは、見送り、最上川まで、一気に北上した。

最上川

 山形の友人と合流して、午後、最上川の支流に入る。夕方まで、17匹のまだ錆びていない鮎を釣り、満足する。

 翌日の午後、清川で今年最後の釣りをする。

ここで竿を出すのは、7月から、4回目になる。浅い所の川の石は、鮎のハミ跡で、今なお、黒く、その黒さが、下流まで、延々と続いていた。

これを見ただけで、もう満足である。

 最上川の流れの強いところに、今の鮎はいない。お腹がフックラと膨らんでいるから..。

浅い流れの緩やかな所に集まっている。そんな鮎を釣った時、強い引きはもちろん無い。3時間位釣り、引き船の中には、8匹の鮎がいた。

 2週間前、美しく咲いていた萩の花は、すでに枯れ落ちて、ススキの穂だけが、静かに揺れていた。

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2008年9月 9日 (火)

最上川 と 「萩」 の花

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最上川の中で、最も水量が多く、流れの凄まじいところが、この「清川」 の瀬である。

9月になると、秋の七草 の一つ 「萩」 が、この清川の瀬に、花を添える頃、鮎達も静かに消えてしまう。

 鮎が消えても、なぜか、私はこの清川の瀬が好きだ!

2008.9.7(日)  朝 この瀬をじ-っと見ていると、無性に竿を出したくなった。

日曜日だというのに、この瀬の上下には、見渡す限り誰もいない。鮎が釣れないからである。

私は、川の岸辺に降りて、石を見ると、ハミ跡がかなりある。

ハミ跡から見て、鮎は、20cm前後である。この時期としては、小さい。おそらく、遅く遡上してきた鮎達だ。

オトリを、静かに、辺地に送り込むと、すかざず目印が飛び、竿を持つ手に強い衝撃があった。18cm位の鮎が、私を待っていてくれたかのように顔を見せてくれた。

それから、しばらくは、17cm~20cmの鮎達が、私を大いに歓迎してくれたのは言うまでもない。

ここ「清川」は ”松尾 芭蕉 の上陸の地” である。最上川を上流から船で下って来たのか、あるいは海上から、上ってきたのかは、さだかではないが、あまりの激流のため、船ではむりなので、ひとたび陸地に上がってのではなかろうか。

江戸時代は、ここの水量は、多分今の5倍位はあったのでは.....!そんなことを考えながら、竿を出していた。

 

「あつき日を 海に入れたり 最上川 」 松尾 芭蕉

の句は、ここで詠んだに違いない。などとこれまた勝手に考えながら、竿を出していた。

しかし、萩の花がこの最上川に咲き始める頃、鮎釣りの終焉でもあり、一抹の寂しさを感じる。

      

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2008.9.6

清川から、約2km下流   24cmの鮎が、歓迎してくれた。

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粕毛川(白神山地を源流とする、米代川の支流)

上流にダムがあるため、雨が降っても、濁りが遅い。米代川が赤濁りの時の避難場所の一つである。

とにかく、水質はいいが、上流のダムのため、雨の後は、少し白っぽいのは、がまんしなければならない。しかし、鮎も実に美しいし、香りも良い。

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 監視員が、オトリを河原まで、運んでくれるという。

  半信半疑で、電話をしたら、自分のいる川まで、オトリと、釣り券を持ってきてくれた。

 河原で、最近の釣れそうな場所を教えてくれるから、便利である。

写真:オトリの宅配便である。(市川さんと粕毛川)

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大河 阿賀野川

私が子供の頃遊び親しんだ川が、阿賀野川である。

流域の水量は、日本でも最大といわれている。

米代川と最上川を合わせたような水量である。

私の友人、鮎漁師のYさんは、”阿賀野川は、人間を寄せ付けない川” だと評した。

写真の遙か向こうに、鮎釣り師が竿を出しているが、小さすぎてよく見えない。この大河と人間とのコントラストが、阿賀野川のすまじさを物語っている。

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2008年8月 1日 (金)

最上川の鮎釣り

Dvc00045_4 2008年 の最上川 は、渇水状態である。

友釣り師にとって、これほど嬉しいことはない。

大河の最上川。今まで竿を出せなかったところまで竿を出せるので、荒瀬釣りの好きな人にとって今年は実にありがたい。

川の中に立ち込んで、オトリを入れると、竿先を一気に絞り込んでくる。

 その後の取り込みが、大変だ。

掛かった鮎を、下流に下がらせないようにするには、神経がいる。それでも、掛かり鮎はお構いなしに、一気に走る。

強引に止めれば、身切れを起こすことがしばしば。そして、浮かせるまでが興奮の局地だ。渇水状態とはいえ、大河最上川の水圧は、底流れが、強烈で押しが強い。

腰まで川に入り強い水圧を受けながらの取り込みは、鮎との格闘である。

掛かり鮎が水面を切ったら、自分の上流に振り子で抜くしかない。手じりを短くしていても、大きな鮎は、重いため水面すれすれに飛んでくる。

ようやく取り込むと、どっと疲れる。そして、しばらくすると、この疲労感が、えもいわれぬ満足感に変わる。大河での鮎釣りの醍醐味がここにある。

最上川の夏は今が、最盛期。そして、夏が過ぎるのも早い。

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2007年12月15日 (土)

球磨川 (1)釣行記

球磨川 釣行記 (1)

球磨川は、決して大きな川ではない。大鮎といえば、球磨川というくらい、大鮎の代名詞でもあった。

大鮎といえば、河川も、さぞかし大きい川かと思っていたが、この川を前にして立ってみると、減水の時期ではあるが、予想に反し、水量は、少なく、こんな小さな川に、大鮎はいるのだろうかと、目を疑った。

球磨川でも有名なこの瀬、「二股の瀬」の中心を、川下りの舟が下るのだが、船底を擦りはしないが、ぎりぎりの水量であった。

 同じ川下りでも、山形県、最上川の船下りの辺りの水量と比べたら半分にも満たない。

実は、正直に言って、ここに大きな鮎がいるとは、想像できなかった。

☆球磨川と大鮎との因果関係

この川にどうして大鮎がいるのだろうか?

球磨川と大鮎との因果関係は、どこにあるのだろうか?

それには、二つの理由があると思われる。

とにかく、川の水量の多少でないことは確かである。

所々にある淵は、「深くて」、「青々として」していた。水底に沈んでいる部分の、石が、とにかく大きい。どこの淵も、水面下の部分が、かなり、大きい。

 そのために、鮎にとっては、一回当たりの、苔の摂取量が、遙かに大きいことが予想される。

もう一つ、必要条件である、苔の生育に必要な、「水温」が最適ということが考えられる。

☆鹿児島の通称「田村の真ちゃん」

Nifty の釣りフォーラム の友人である鹿児島の通称「田村の真ちゃん」に今回、球磨川、五ヶ瀬川を案内していただいた。鹿児島空港から、ご自宅での宿泊まですっかりお世話になってしまった。

彼は、大変親切で、今回の釣行は、Niftyの仲間達との、OLMであった。

その数年後、長野県の天竜川に来られたときには、私が、案内し、豪快な天竜川の釣りを楽しんでもらおうと思っていたのだが、あいにく、雨後の天竜川は、濁っていて、十分楽しんでもらえず、悔やまれたのを今なお思い出される。

☆球磨川:二股の瀬

ここは、TVで、放映されたという。球磨川でも、人気のポイントとのこと。

私は、泳がなくても、ぎりぎり渡れそうだったので、中州に渡った。

中州に渡ってから、仕掛けを作った。

1号の道糸 5号の錘。 鉤:9号のヤナギ。目印は竿先から、1m下。

ここの瀬は、前評判と違い、水量も少なく、浅くて、とても大きな鮎がいるような気がしない。

錘は、5号から、3号に変更する事にした。

 とにかく、養殖オトリを、流心は避けて、ゆるやかな瀬の頭に入れる。

時々、辺りが伝わってくるが、鉤掛かりしない。9月の中旬だから、鮎の鱗が堅くて刺さりにくいのではなかろうか。しばらくして、針先を研いだ。

 11:00 

水温がかなり、上昇してきた。

よし、これで少し、鮎の追いが良くなるに違いない!

これから必ず釣れるだろう、そう、思って、のんびり釣ることにする。

辺りの中州には、誰もいない。私だけである。友人達は、下流に行っているので、助け船はもちろんない。

対岸に一人地元の人が、釣っていた。

私が、川を渡るときに、”すみません!下を渡らせて貰います!” と、声をかけたら、

 ”よかです” と、熊本弁で返ってきた。

 私は、どこの川でもそうだが、地元の人の、言葉が、無性に好きだ。

 のんびり釣っていると、根掛かり。錘が根がかりだから、切るしかない。オトリを一匹失う。しかし、まだ一匹あるから、気が楽だ。

 必ず釣れるはずだ。

☆(掛かり鮎、上流に走る)

11:30 水温が上昇して、30分経過した。日差しは強い。全国的に、鮎が追いを開始する時間帯だ。(^_^) 

 ようやく、瀬の真ん中、待望のアタリがあった。

しかし、オトリは全く動いていない。おかしいな、確かに竿先に、掛かった衝撃があったのだが...。

 すると、目印が、どんどん、上流に動き始めたではないか。

 大鮎は、よくこういう動きをする。

 私は、腰まで立ち込んでいるので、陸に上がって、取り込み体制に入った。

 鮎は、ジリジリ上に上がり始めたので、大鮎の予感だ。

 上に上ろうとする鮎を止めて、下のトロ場まで落とし込むことにした。

 球磨川の鮎を見れると思うと、興奮する。じっくり時間を掛けて、取り込むことにしているが、

大きさが判らないので、慎重に、糸をたぐる。道糸に、手をかけ、手元までくるのだが、私の顔を見ると、一気に深場に走る。実は鮎との、この駆け引きが、興奮の極みである。

 この球磨川の鮎は、手元に来てから、一気に深場に走るときに、ビュ-ンと、大きな糸なりを立てて、走っていく。なるほど、大きな鮎に違いない。

野鮎は私をあざ笑うかのように.....。前に、後ろに...、そして、上に下にと走る。

そんなやりとりをしながら、最後には、私のタモに収まった。27cm位。体高があるので、パワ-が、かなりある。

 引き寄せてタモに収まった瞬間に、ほっとする。引き抜きにはない、感激と、安堵感がある。

これが、球磨川の鮎か!!

しばし、この精悍な球磨川の鮎に見とれてしまった。

 その後も、27cmのこの野鮎を使って、同じような大きさの鮎を釣れてきてくれた。

27cmのオトリと、27cmの野鮎。

鉤ガカリすると、大きな鮎2匹が、グングンと上流に走っていった。  (二股の瀬 完)

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2007年12月13日 (木)

球磨川 (2)

☆温かな球磨焼酎

二股の瀬で、大きな鮎を釣り終え、胸までつかりながら、なんとか瀬を横切った。  ところが、左岸まで渡りきったところで、玉網を、中州に忘れてきたらしい。あるいは、帰る途中に、流されたのかも知れない。もしかすると、中州に忘れてきたのかもしれないので、もう一度この荒瀬を横切ることにした。 しかし、水量は少ないものの、結構押しがきつい流れである。

  衣類はずぶぬれであるから、再び、水の中に入るには、更に冷えるだろうと思って、裸になり、泳いで、対岸に渡ることにした。

  しかし、どこを見渡しても網はない。

 再び、泳いで、引き返した。

 ここで、濡れた衣類を着たのだが、とにかく寒い。

9月の下旬。さすがに、九州といえども、夕方は、冷えて寒い。

衣服はビショ濡れである。しかし、着替えは、田村の真ちゃんの車に預けたままである。

 とにかく、寒い。ブルブル震えが来た。

そうだ、この上に、小さな店があった!そこで、熱燗でも、キュ-とやれば暖まるだろう。そう思って、店に入った。

しかし、日本酒はないという。あるのは、冷たい缶ビールと、アイスクリーム位。あとは、雑貨。

どうやら、ここ球磨地方では、日本酒を飲む習慣がないらしい。 酒といえば、焼酎のことらしい。

店の主人は、酒は無いと言いながら、私のなりを見て、外に出てきて、下に見える二股の瀬を指さしながら、あそこ、ここと釣り場の説明を始めた。

私は、寒さで体が震えているのだから、とても聴いていられる心境ではない。すぐに店の中に飛び込んだ。

それでも、あまりの寒さに、再び、主人に“酒はないんですか?” と聞いてみたが、やはり、酒はないという!

“焼酎ならあるよ!” という。

 それは、売るための焼酎ではなく、主人がこれから自分で飲もうとしている焼酎をさしてのことである。

奥さんに命じて、「焼酎の熱燗」を作ってくれるという。

お盆に出てきた、熱い一杯の焼酎、キュ-と飲み干す。体中にジ-ンと浸み込み、一気に体が暖まった。日本酒とは違ったコクのある酒である。

お礼に、お金を渡したが、ガンとして受け取らない。そこで冷たい缶ビールを買うことにした。それじゃー、もう一杯飲んでいきなさいと、熱い球磨の焼酎をまた作ってくれた。

結局、2杯の暖かい焼酎をご馳走になった。

この2杯の暖かい焼酎は、球磨村の人の温かい人情が伝わり、腹の底にジーンときた。

最後に、お礼を言ったら、店の主人は、笑顔で、 “ヨカです!”

と言った。

温かな球磨村の人の人情を、一言で凝縮したような言葉、“ヨカです!”

私は、“ヨカです! と言われて外に出たとき、胸が熱くなった。

球磨川の忘れ得ぬ思いでが、できた。

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2007年10月18日 (木)

鮎ルアー

Dscn0158 鮎ルアー は、かかる。

追う鮎がいれば、生きたオトリと同じくらい、掛かる。

えっ!生きたオトリの方が、掛かるに決まっているよ!とおっしゃる方がいると思う。確かに、生きている方が、自然の泳ぎをする。

その差異は、時と場合といって良い。だれが見ても、生きたオトリのほう方が、良いと思うのは自然である。しかし、生きていても、弱った鮎の動きは、きわめて不自然である。

弱ったオトリを使っているとき、たとえ、錘を付けていても、自分では、瀬の底にオトリが沈んでいると思っていても、実際は、瀬の中層に浮いて泳いでいるときがよくある。このような状態では、生きたオトリでも、まず、追うことはない。

また、引いていたオトリが、横になったときは、鮎の泳ぎは、生きていても、自然の泳ぎではない。

野鮎から見たら、このような鮎より、鮎ルアーの方が、竿の操作によっては、はるかに、躍動的に見えるはずだ。

◎四万十川のように、水温が高く、オトリが死んでしまった。

◎釣れないので、オトリが、とうとう色が変わった。

○オトリ屋が、閉まっていた。

○弱ったオトリに、ようやく野鮎がかかったが、腹がかりで、すぐに死に    そうとか、頭付近にかかり、息絶え絶え!

△山の中に入ったら、オトリやが無い。等々

こんなときに、実は、頼りになるのが、この鮎ルアーである。

10/17 富士川に行ったのだが、鮎釣りも終盤になり、いったら、、オトリ屋がもう閉まっていた。

川にいる人に借りるのも、どうもプライドが許さない。

私は、悠然と構えて、河原に行き、この鮎ルアーを使ってみた。

「鮎の毛鉤釣り」なら、当たりバリが、見つからず、試行錯誤で、30分、いや1時間も全く釣れないときもある。

それを思えば、鮎ルアーをひく時間なんて、忍耐の内に入らない。

一時間も引いていれば、いや、30分も引いていれば釣れるだろう!そう思って悠然と構えて、この鮎ルアーの準備をした。

鮎釣りも終盤のこの時期、上の人も下の人も、ほとんど、釣り人の竿は立っていなかった。

鮎ルアーを使う上で、最も重要なのは、上下500mの間に、鮎が必ずいるという、ピンポイントを見つけることである。これは、長年の感しかない。長年鮎を釣っていれば、難しいことではない。

私は、いきなり瀬の中心、すなわち最も川の流れの速いところに、この鮎ルアーを沈めた。2分か3分。 早くも、20cm位の鮎が掛かったのである。生きたオトリと違って、掛かった瞬間の当たりは、微妙に違う。

生きたオトリが無いだけに、掛かった鮎の動きが、大きく、直接的に竿にそして、手に響いてくるのである。つまり、竿の振動が、アトリ鮎がいる時の2倍位強い振動が手に伝わってくるのである。

200m位上で釣っていた人が、降りてきて、不思議そうに私の鮎ルアーをみて、これで釣ったんですか?釣れるんですか? 私は、天然オトリを付けて、もう二時間も全然釣れないのに、こんなのでよく釣れますね!

いろいろ聴いてどうも腑に落ちないと見えて、釣れた鮎を見て、本当だ!!釣れるんですね!!しかも、背ガカリだ! といって、感心していた。

また、これでやられたらいかかですか? といってくれたが、これでたくさん釣る気にはなれない。(^_^) 

このオトリが、再び天然遡上の鮎を釣れてくるのに長い時間はかからなかった。

参考にして下さい。

Point1: 瀬の中で、間違いなく鮎がいると思われるPointに鮎を沈める     こと。緩やかな流れは、避ける。流れが強い程良い。

   2:鮎ルアーを、じっと固定ぜずに、すこし、水底から少し上に浮かせ、また沈める行 為を繰り返す。これにより、野鮎を挑発することが、重要と思われる。

   3:鮎ルア-は、水中では、頭が底に着いているが、尾の部分は水底から少し上に位置しているため、掛け針は、水底から浮くので、鉤は、錨の重いもので、ハリスは短めにする。(写真は、長めだが、実際は、もっと短めがよい)

とりわけ、瀬に鮎がいれば、生きたオトリと、鮎ルアーでは、大きな差はない。

ぜひ、ご確認ください。弱った生きたオトリより、こっちの方が、良い、結果が出ることもあります。

鮎ルアーで釣るのも、また独特の趣があるものです。

遠方に遠征するときには、私は、常に、「鮎の毛鉤」と「鮎ルアー」を忍ばせている。これが、実は、驚異的な好結果を生むことがあるから不思議だ。

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2007年10月13日 (土)

10/13 富士川で友釣り

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  友人に誘われて、富士川に行ってきた。

すでに、景色は、秋の気配。朝は、寒く、気温は、一日中涼しかった。

10月13日 だというのに、まだ、鮎の友釣りをたのしめるというのは、驚きでもある。

この時期の釣り人は、腕に自信のある、鮎釣りの名手が多い。

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川の中を覗くと、ハミ跡が、随所に見え、鮎はいるらしい。オトリ屋は、午後3時から釣れるよ! と教えてくれたが、それまで待つわけにもいかず、竿を出す。

今は、卵を持っているので、瀞場を狙う人が多かった。

私は、瀬を狙った。  しばらくして掛かった!その瞬間、何回鮎釣りをしていても、最初の鮎が掛かった瞬間は、一気に緊張する。

今まで長い間、濁っていたらしく、川の石には、泥が被り白っぽくなっていた。釣れてきた鮎も白かった。

東北の方は、すでに産卵を終えているだろうに、ここでは、まだ追ってくる。ただし、大きな鮎は、下流に下り産卵体制に入ったのか、釣れない。

天然遡上の鮎達が、その美しい姿を見せてくれた。

(写真:一度、冷凍にしかけたものを撮影したため白くなった)Dscn0156

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2007年10月12日 (金)

千曲川:恐ろしい十字ブロックのセキで、鮎釣り人、死者

千曲川(佐久)で、死者が出た(昨年と同じ場所で今年も)

私は軽井沢で、知人の別荘に招待されていた。10人ほど集まるというので、生きた鮎を釣って持っていき、庭先で、焼くことにしてみんなに喜んで貰おうと思って、前日、軽井沢に最も近い千曲川に行くことにした。

しかし、千曲川での釣りは皆無であったから、どこが良いのかも判らない。軽井沢から近い佐久あたりを選んだ。

臼田橋下から入ったが、全く掛からなかった。そこから下に移動していると、監視員が来て、網の入っていないあの辺が良いよ!といってくれた。野沢橋の上。恐ろしい十字ブロックのセキの少し上あたり。

午前中は、0。その後も、追いが悪いのか、鮎が少ないのか、大苦戦した。夕方までに、9匹を釣るのが、やっとだった。

30匹も釣ったんでは、全部生かして持っていくのは無理だから。冷凍の鮎も持ってきているので....。まー生かして持っていくには、少ない方が良いな-。我慢しよう!

私の下流300m位のところで、水死。

夕方、私の頭の上で、ヘリコプターがブンブンとうるさく飛んでいた。

じつは、このとき、私の少し下流で、同じ日に、、鮎の釣り人が、亡くなったということを、旅館に帰ってTVを見て、初めて知った。

多摩方面から来た40才位の方だという。

十字ブロックのセキ に吸い込まれたら、絶対助からない!!

千曲川 佐久地方 臼田橋と野沢橋の間

に、恐ろしい十字ブロックのセキがある。

ここで、昨年、一人鮎釣り人が、滑って、吸い込まれて亡くなっている。

今年もまた、同じ場所で、吸い込まれて亡くなった。私が釣っていたすぐ下で。

今年は、十字ブロックのセキの上の浅いところを、横切ろうとして、吸い込まれて亡くなったらしい。

十字ブロックのセキというのは、重い土砂を貯めて、水だけを細い隙間から流す仕組みだ。

従って、その十字ブロックのセキ上の流れは浅く緩やかでも、その隙間の流通速度は、もの凄く早い。それに吸い込まれたら、助かるすべは絶対にない

昨年は、吸い込まれた人の遺体の場所を見つけるのに、夜遅くまでかかったと、宿の人が語ってくれた。

陸の上には、立て看板くらいの注意書きはあるのだろうが、川に入っている釣り人は、わざわざ、土手の上に上がって、それを見ることをしない。しかも、そこのエリアの川の中に、立入禁止の黙視できる赤いテープ等も無いと思われた。

いまでも、数万人が訪れる千曲川に、こんな恐ろしい“十字ブロックのセキ”現実にあるから怖い。

更に、野沢橋の上だけでなく、他にもこのような、恐ろしい“十字ブロックのセキ”あるのかもしれない。

漁協だけでなく、河川管理者の国土交通省も、無放任状態が現実である。

ましてや、鮎釣りは、川の上下を動いたり、川の左右を動くことがあっても、釣っている間は、土手の上の看板を見ることはほとんどないであろう 

      

私のすぐ下流で、あり地獄のような、恐ろしい“十字ブロックのセキ”があろうとは、知る由もなかった。            2007.7.14

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2007年10月 1日 (月)

球磨川(3)の大鮎

球磨川(3)樫の木の瀬

9/18 九州といえども、さすがに朝晩は冷えてきた。

ここは、昨日の二股の瀬の少し上流にあたる。

田村の真ちゃんが紹介をしてくれた場所である。

左岸川の道路から見ると、この辺りは、川幅は狭く、青い不気味な大トロの連続である。

大トロと大トロの間に、短い瀬らしきものがある。

球磨川の代表的な川の淵かも知れない。

 その淵を見ると、何とも不気味な気配を感じる。

津本 陽 の小説に「深重の海」という和歌山の太地が舞台の作品があったが、まさに、ここは深重の淵ともいうべき、何とも形容しがたい重苦しい淵である。川底には、魔物でも住んでいそうな予感がする。そんな気がする「樫の木の瀬」である。

「カシノキの瀬」

すでに、地元の人が二人入っていた。この辺りは、鮎の数釣りの場所ではない。しかし、不気味な川相で大鮎の匂いがする。

私と、仲間2人が、ここに入るには、少し狭すぎる気がした。それでも、断りに言って、入ることにした。今日が最後の釣りだから、先客に、“すみません、2時間か3時間釣らせて下さい!“

すると、“この下で釣りなさい!“という。

私は、一目見て、この下の瀬は、上下300mの間で、最高のポイントに見えた。大鮎のいる予感がする。

地元の人は、私の身なりを見て、遠方からこの球磨川に釣りに来たというのがすぐ判ったようで、自分の場所を空けて、ここで釣りなさいと言ってくれた。

なんと寛大な人だろうか。

球磨川では、どこに行っても、釣り人におおらかで、情の深さを感じた。

彼は、私にどんな仕掛けで釣るのか、“見せてくれ“と言う。

ここにくる多くの人は、細い仕掛けで、大鮎を掛けては、糸を切られているのを何度も見てきたらしい、そのため、私にアドバイスをしたかったらしいのである。

私は、川を見て、「糸 1.5号  錘 8号」にし、鉤はヤナギ仕掛けを示すと、地元の人は、何も言わなかった。

このヤナギ仕掛け、先日関東方面から来た人もこれを使っていたという。

珍しそうな目で見ているから、昨夜作った、私の仕掛けを少し差し上げた。

釣り開始 10:30am

大鮎のいそうな所に、初めてオトリを入れた。

昨日の二股の瀬は、本州のどこにでもあるような瀬であったが、ここカシノキの瀬には、不気味な得体の知れない何かが潜んでいるような薄気味の悪さがそこにあった。

今回、五ヶ瀬川で、27.5cmの鮎を私は釣っているから、それ以上の鮎を釣りたかった。

そのため、最終日の今日は大鮎のいそうなだけに、私の五感を働かせ、釣り場を絞って場所を選んだ。そこが、さきほどの地元の人が譲ってくれた場所である。

糸を切られることのないように、糸は、1.5号である。最後の日の大鮎一発狙いである。

11:00am

昨日同様に水温が上昇してきた。

大トロと大トロの間の短い瀬をオトリを沈めた。私のすぐ上で、地元の人が竿を出している。私の釣り方を、お手並み拝見と見ているのかも知れない。川幅は狭いが、底流れが結構強い。

オトリを弱らないうちに、1匹野鮎を釣りたい。

12:00pm ころ 待望の鮎が掛かる。慎重に取り込む。掛かった瞬間に大鮎の気配はなかったが、それでも、24cm。ここでは、小さい方であろう。

今日の狙いからすれば、小さい。

それでも、待望の1匹がかかり、野鮎のオトリが取れたことに満足する。すぐ上の地元の人も、嬉しそうに白い歯を見せてくれた。   

(続)

(その2)

今釣れた、鮎をおとりにして、大鮎がいそうなところに、8号の錘で沈めた。

野鮎を沈めて、しばらく立って、「ガツン」という鮎の大きな当たりがあり、竿を持つ手に大きな響きがあった。

 しかし、その後、軽くなり、静かになった。全く動きがない。“おかしい”

“何か変だ”

今のガツンで逆さバリでも外れているのかもしれない!そんな予感がしたので、おとり鮎を手元まで寄せて確認した。

「鉤が見事に折れていた!!」

本州では、普通の鉤でも折れるということは滅多になかった。しかも今回は、大鮎用の太軸の鉤である。これを折るというのは、並大抵の力ではない。

悔しいが、「ヤナギの10号の元バリが見事に折れていた」

やはり、大きいのがいるのだ。

 興奮の余韻を残しながら、再び、果敢に、挑戦してみた。しかし、その後は、全く当たりが無くなった。

13:00

残り時間も後1時間である。

当たりが無くなった。ここで、球磨川用に作った新しい鉤を頻繁に変えることにした。

 球磨川下りの「フナ下り」が通る川の流芯に、野鮎の24cmをオトリとして、沈めた。オトリもかなり弱っていたので、この流芯では、20分は持たない気がした。

 悲観的なことを考えていると、待ちに待った「当たりが来た!!」

「ググ-」 何か大きなゴミでも引っかかったような、重い引きが最初にあった。

そして間髪を入れず「竿を一気に絞り込んだ!」

 その瞬間、道糸が空気を劈き「ビュウ-ン」という糸鳴りがした。竿が、満月のように全体を大きくしなっている。

 今までに経験したことのない大きな引きである。

カカリ鮎を溜める余裕など全く無い。それほど、鮎が大きく力図よく下に引っ張るのである。腰まで川の中に立ち込んでいる私を、鮎が強引に下へ引きずっているかのようであった。

 千載一遇のチャンスであるから、最後は、どこまでも流れに乗って、下の淵まで泳いでいく覚悟をした。

 途中滑って転ぶと、体全体が、すっぽり埋まってしまった。しかし、竿だけは、伸ばされないように、辛うじて立てていた。

 次の石を跨いで下に立とうとしたら、石の下は、2m位の深さで、再び、頭まで潜りながら、ようやく下の淵まで落とし込んだ。私は、竿を撓らせたまま、少し落ち着くことにした。

 カカリ鮎は、なんと荒瀬の流芯の反対側の深い淵にいるようである。竿の操作でこちら側に寄ってくる気配は全くない。引っ張って、少しこっちに来るが、その後は、一気に自分の住処に一直線である。

 根ガカリでもしたかのように、微動だにしない。

 道糸は、1.5号。切られる心配はない。かえって、無理に引っ張って、ばれたら大変だ。あるいは、更に引っ張られ。下の淵まで引き込まれたら、多分、持たない気がした。(仮に、更に下の淵まで下るなら、竿を立てながら、意地でも、泳いで下る覚悟だった)

 幸い、鮎は、青くて深い深重の淵にじっとしている。時々、ゴツゴツという感触が伝わってくるから、まだ、鮎が掛かっているのは、間違いない。あとは、じっくり時間をかけて、球磨川の鮎を待つことにした。

 とにかく、荒瀬のこっちに、野鮎を釣れてくるのが、一苦労である。

 ようやく、流芯を越えて、鮎はこっちに来てくれた。しかし、私の竿はまだ大きく曲がったままである。鮎とのやりとりが、非常に長く感じられたが、観念したのか、ようやく私のタモの中に収まった。

 30cm に少し足りない 29cmであった。

ここに来る前に、五ヶ瀬川で釣ってきたが、27.5cmが最長であった。五ヶ瀬川の鮎は、「鶴の瀬」の鮎といえども、実にスマートで、幅はない。

球磨川の鮎の幅が、実に大きい。大きな引きは、鮎のこの幅からくるのであろう。

「すさまじい鮎」

 私は球磨川の鮎を取り込んだとき、大きいというより、すさまじい鮎、これが鮎かと思った。面魂が、すごい。

 背中の背鰭が、他の釣り人がかけたのだが、瀬が借りから逃げ延びた時に傷を付けたに違いない。背鰭の部分が、赤く、痛々しかった。

 その傷の跡から、かなり前の傷である。私が先ほど、鉤を折られ逃げられた鮎とは違うようである。

 球磨川には、このような面魂の鮎が、たくさんいるに違いない。

「球磨川下りの船」

 大鮎を取り込んで、喜びに浸っていると、球磨川下りの船が、すぐ目の前を、流れすぎてゆく。

 私が大鮎を格闘しているとき、この船が来ていたら、私はこっち、鮎は対岸だから、完全に糸が切られていたに違いない。

 幸い、樫の木の瀬の宴はすでに終わっていた。

 船下りの人は私がすぐ目の前に立っていたので笑顔を見せながら、手を振ってくれた。すぐに、私は、指でVマ-クを頭の上に突きだした。

先ほどまで、その船の下で、球磨川の主のような大鮎とのやりとりがあったことなど、観光客はもちろん知る由もない。船は、あっという間に、真ん中の激流を下っていった。

船が去った後、再びその淵は、深重の海のように青黒く、不気味な様相を呈して静寂に覆われていった。            球磨川の鮎「樫の木の瀬」 完

大きな感動を与えてくれた球磨川に感謝。

場所を空けてくれた、地元の甲斐さん ありがとう。

田村の真ちゃん ありがとう!

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2007年9月30日 (日)

『見釣り』

「鮎が見える」

東北の小さい川では、天然遡上の鮎が多い。

そんな鮎達を見ているだけでも、安らぎを感じるのは、私だけであろうか。

水深1.5m位で底はみえない小さな淵のカケ上がりで、鮎の毛鉤釣りをしていた。

すぐその下の浅瀬に多数の鮎が、群れて遊んでいるのがよく見える。20cm位のも見える。

その鮎を見ようと、竿をそっと置き,5Mほど下の鮎達を眺めることにした。

抜き足差し足で静かに川に入ったつもりでも、私の姿というより、水の音で、ほとんど鮎は散ってしまった。

じっとしていると、またそこに、多数の鮎達が、戻ってくるのにそれほど時間はかからなかった。再びそこで、鮎達の遊びが始まった。

じっと観察をしていると、面白いことに気が付いた。小さな鮎と、大きな鮎では、大きな鮎の方が、その縄張り面積がはるかに大きい!

この鮎に、おとり鮎を入れたら、釣れるだろうが、見える鮎を釣るのは、少しかわいそうな気もしたが、好奇心から友釣の用意をして、遊ぶことにした。

「見釣り」

見える鮎を、見ながら釣るのを、見釣りという。

この見える鮎を釣るために、おとり鮎を、下から静かに上に誘導したつもりだが、鮎達はことごとく、逃げてしまった。

鮎達が戻ってくるのを見てから、再び、オトリを下流から上に静かにジリジリあげ始めた。

しかし、おとり鮎が、あの大きな鮎の縄張りに、ヨタヨタと入った瞬間、その近くにいた鮎達は、なぜか、みんな逃げてしまっていた。

何度も、下流から上に泳がせるように、繰り返した。

実は、鉤掛かりする瞬間をみたかったのである。

大きな野鮎の動きは、実に早い。私のオトリは、3本の鉤を引っ張り、水の抵抗を受けながら糸を引っ張っているので、尻尾を振っているのだが、その動きは遅々として進まない。ようやく、野鮎の縄張りの場所まで、ヨタヨタと上がってきたのがよく見える。

そこには、野鮎は見えない。

しかし、いないはずのその野鮎の縄張り付近で、一瞬、私のオトリが、キラッと、白い腹を見せた。

と思ったら、一気に上に引っ張られていった。野鮎がかかった瞬間である! 

どこから、きたのだろうか?オトリ鮎の下流から、もの凄い速さで、野鮎が体当たりをしたに違いない。

大きな野鮎は、鉤掛かりしても、自分の体制を崩さずに、一気に、垂直に上流に泳いでいったので、白い腹を見せることもなければ、その姿すら見せることはなかった。

掛かった瞬間を見たかったのだが、野鮎のあまりの速さに、驚いた。

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                           2007.7.31

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2005年8月 3日 (水)

「白神山地の川 真瀬川(ませがわ)」

「白神山地の川 真瀬川(ませがわ)」                         

温泉と鮎を求めて、東京を経つ。

 どこか、ひなびた温泉で、その近くに鮎が、すこしでもいれば、3~4日滞在してみたいと思って、新幹線で東北方面に向かい、盛岡に降りた。この時点で川は、まだ決まっていない。

 ふと、”「白神山地」から、流れ出る川に、鮎はいるんだろうか? ”

 ただ、白神山地がどこに位置しているかすら、まったく知らなかった。そこが、ブナの原生林

に覆われ、世界遺産に指定されたことだけは,知っていた。 そんなことから、いつしか、温泉

などどうでもいい、心は「白神山地」に、動き始めた。

友人は、真瀬川という川に綺麗な鮎がいると言う。 

 真瀬川、地図で見ると、青森県と、秋田県の西側の県境にあった。

 

「白神山地」から流れ出る川で、鮎を釣るなんて、私にとって、大いなる、ロマンである。こんなチャンスは、そうあるものではないだろう。

 鮎釣りにも、ある種のロマンがあっていいと思っている。

 冬になると、山々は、真っ白に装い、人間の入山を拒み、神のみがすむという霊厳の世界が、そこにあるところから、「白神山地」と呼ばれたのであろうか。

  温泉第一は、どこかにふっ飛び、いつのまにか、白い神々の宿る山々から流れ出る

川に、確実に惹かれていった。

  私は、たとえ、遠くとも「白神山地」から流れ出る川に、どうしても行ってみたくなった。鮎の数は多くなくていい、鮎の顔さえ見れればいい。鮎は大きくなくても、

スリムな鮎なら、満足!と決め込んできているから...。欲を言えば、あまり、釣り人のいない川で....。

 「白神山地」から流れ出る川で、鮎の顔を見れたら、最高の喜びである。と

ブナの原生林から、流れ出る水の中に、鮎が泳いでいるという。

 「白神山地」と「鮎」、じつに美しい響きを持っている。

 「真瀬川」

 青森県と、秋田県の西の県境に位置する,小さな川「真瀬川」に向かった。

 道路から、鉄橋の下の川を覗く。水が限りなく澄んでいる。 

 少し上に登る。

  良さそうである。石も大きく,いい瀬があった。

Photo_2  

10:00 初めて、オトリを、そっと、泳がせる。

 川の水は、指を切るように冷たい。 初めての川はどこもそうだが、不安がよぎる。

水は綺麗だが、川は小さい。

釣れるといいんだが....。オトリを泳がせて、5分後、目印に瞬間的な変化があった。16CMの、天然遡上の鮎が、私のタモに収まった。 形容のしようのない,きれいな鮎である。

 タモの中に入った鮎を手に取り、何度も眺める。

放流した鮎とは、明らかに違う。とくに、鼻の廻り、背鰭、そしてすんなりとした体型。肌の色。

本物の鮎がここにいた。

 私に、鮎を釣らせてくれた「白神山地」に、感謝する。

 鮎の数は多くなくていい、鮎の顔さえ見れればいい。と、無欲で来たものの,その「白神山地」は、曳き舟に入りきれないほどの鮎で、私を歓迎してくれた。

 川の水を、手ですくって飲むと、冷たく、しかも、岩清水のような、なんとも言いようのない味がする。 

この川は、やはり、尋常の川ではない。ここに、棲む鮎

も、神秘的な鮎で、美しい!!!

 白神山地に、感謝。                          Tahki

  

                            

【時間  】10:00-18:00

【都道府県】秋田県

[河川名 ]真瀬川

[ポイント]大淵~下流800M

[天気  ]晴れ

[水温  ]?

[釣り方 ]友釣り

[竿   ]シマノα AyuSP競 Hi-Speed H2.75 9.0~9.5

[道糸・ハリス]水中糸: 0.15号 (VARIVAS: SUPER METAL 3.0m)

      鼻環回り:時々背針使用

[鈎   ]7.5号 3本イカリ、4本イカリ。

[オモリ ]なし

[釣果  ]55匹(20CM~15CM) 瀬の鮎20CM~18CM

[備考  ]ほとんど、天然遡上の鮎。 釣り人、少ない。

 

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2004年9月 1日 (水)

四国 海部川(かいふがわ)

「海部川」に天然遡上の鮎を求めて。 

四万十川より水がきれいな川といわれる、「海部川」。(某研究機関の水質調査) いったい、どんな川だろうか。

 鮎釣り人にとって、誰もがあこがれる「四万十川」で、竿を出す予定でいたが、 その前に、「海部川」に行くことにした。

9月*日

 空港からレンタカーで12:00に海部町に着く。北川オトリ店に着き,最初の情報を入手する。

・友釣り専用区は、短い3カ所。他は何でもありで鮎は皆無に近い。

・友釣り専用区は、必然的に、人が多い。

・1日,10匹釣れれば、いい方だという。

 こんな、情報を頼りに、若松橋の下流に降りて、釣り人の情報を集める。

 4人に聞いたところ,1-3匹くらいで、「なぜもっと早く来なかったか?今度はもうすこし、早く来なさい!と言う」。心細い限りである。

 相川口上流500Mらしいとこに行ってみる。

 トロ場には、3人も入っている。若松橋の下流からこのトロ場まで,大方の人は、帰ってしまった。

 川の水がきれい、なんて言う余裕はなくなり、はたして釣れるだろうかという不安が先立つ。

ましてや、何の情報もなく、ただ、水が綺麗!! というだけでここまで来てしまったに過ぎない。

14:00

 仕掛けをつくり、川に入る。

 川の水を手ですくって飲む。(私は、鮎のいる川の水はどこに行っても必ず飲むことにしている) もう一回、手で水をすくって飲む。

 これが海部川の水か!”

日本一の水と思って飲むが、特に、うまいという気はしない。

それは、私が、川の水を飲んで、比較する度合いを知らないと言うに、過ぎないからだ。

 ここ海部川の中流域は、小石が多く、むしろこれらの小石が、無数にあり、川の水を”濾過”しているかのようである。

 川の水は,透明である。ここで泳ぐ鮎も幸せである。

 中流域ですらトロ場の底石まではっきり見える。

 トロ場に、最初のオトリを泳がせる。いろいろ探ってみるが、当たりなし。

 さっきの不安が脳裏をよぎる。30分くらい泳がせるが、だめ。

相川口上流500Mのいいトロ場には、3人が入り,空きそうもない。

場所変えである。

 そのトロ場の上に、ざら瀬がある。石は川の両岸にあるが、川の中の石は、拳大の石程度である。それでも、新しいオトリに変えて、瀬針をつけて急流に沈めた。

 沈んで、オトリが止まったと思った瞬間,目印が向こう岸に一気に飛んだ。

 釣った鮎をじっくり観察する。

 鼻が長く、口先が鋭角で、追い星の黄色が鮮やか。そして、体つきは,流線的で尾ヒレが燕尾のようにスット長い。天然遡上の典型である。

 ようやく、海部川の鮎が釣れ,ほっとする。

 この海部川の鮎に見とれていたが、再び、このオトリを送り出す。すぐに、また海部川の美しい鮎を連れてきてくれた。20CM。

 これも同じように美しい。 

 

初めて知らぬ海部川に来て、ここの鮎を釣れて、とにかく嬉しかった。

 結局、このざら瀬で,16:00ころまで、合計9匹釣った。

 その後,すぐ上の、超チャラで、2匹を追加した。天然遡上の鮎,11匹の海部川の鮎が、釣れた。予想以上の、大成果である。

 薄暗くなったが、周りには、誰もいない。

 この広い、河原に、缶一つない、他の河川では、時折、洪水後白いビニールが、枝に引っかかっているのを目にすることがあるが、この川に限って、川岸の枝に、ビニ-ル一つない。

 あとから聞いたことだが,海部川の上流に,森林の伐採はなく、伐採により川が汚れるのを防ぐため,個人所有の森林を町が買い取ったという。この清流の美しさの陰に、こうした地味な自然保護の動きがあった。                                   Tahki

【時間  】14:00-17:30

【都道府県】徳島県

【対象魚 】アユ

[河川名 ]海部川

[ポイント]相川口上流500M(友釣り専用区)

[天気  ]晴れ

[水温  ]?

[水況  ]限りなく,澄んでいる。

[釣り方 ]友釣り

[道糸・ハリス]水中糸: BARIVAS METAL 0.15号 

「 鈎  ]7.5号 3本イカリ。

[オモリ ]なし

[釣果  ]11匹(17CM~22CM) 私のオトリに,大きな、もくずがにが、食いつき掛かった(^_^) 

[備考  ]水も澄んで、きれい。河原にはゴミ一つなし。キャンプ後の焦げた石があるのみ。空き缶や、ビニール等を、最後まで見ることはなかった。

釣り人のマナ-もこの川の水質同様に、日本一である。

     

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