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2015年9月 3日 (木)

「シスタ- テレジア海野」

曾野綾子さんの書を読んだ。

 その中に、あるシスターのことが書いてあった。

それは、どこにでもあるシスターの話である。

 

 その時、私は、「シスタ- テレジア海野」を

連想した。

60歳で、フィリッピンの貧困の村に渡った。

 そこは、第二次大戦よりも前に日本から開拓団

で渡った多くの日本人が現地の人と結婚して

生活をしていたが、第二次世界大戦で敗戦国

となった時、日本人という理由で迫害され続けて

いた。

 その有様を見て、海野さんはその日系人のために

その窮状を内外に訴え続けて活動をした。

 そして、「バギオ基金」が設立され、多くの支援を

受けることとなった。

 その後、海野さんは昇天されたが、その意思は

今も生き続けている。。

 

海野さんも、一粒の麦となって、死んでいったの

だろうか。

 否、死んでいったのではない。

  海野さんの活動によって、海野さんの意思が今も

立派に生き続けている。

 海野さんという一粒の麦から、数多くの麦が、何年に

もわたり、立派に育っているではないか。

 海野さんの偉大な功績を称えたブログを下記に

引用させていただきました。

1.

http://janl.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=19272711&i=201401/01/42/a0109542_1442273.jpg

バギオの北ルソン日本人会 JANL より。

2.

http://blog.goo.ne.jp/isshin3_jph_m/e/f036c174d4d2eece633ab9484cc79bb0

アイ!サラマッポ in フィリピン & ジャパン!

‐Ay! Salamat sa Pilipinas at sa Japan!‐
 フィリピン、そして日本にありがとう! 

海野さんがガンと診断されたが、自分の治療する

時間よりも今のこの刹那、貧困に苦しむ子供達に

手をさしのべることが重要と判断して、治療を断り

奉仕活動を継続し続けた。

 その後、海野さんの熱意によって「バギオ基金」

が設立され今なお、その活動は継続されている。

海野さんの強靱な精神力と敬虔な思想と慈愛

によって日の当たらなかった寒村の人たちに

暖かな太陽の日があたりはじめた。

 海野さんという一粒の麦は今なお、子孫を残しつつ、

生き続けている。

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