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2015年8月

2015年8月28日 (金)

遊牧民 エルカ

モンゴルの草原で最もお世話になった人。

エルカ。(右端)

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最初にあったとき、一瞬 映画俳優「ダスティ- ホフマン」

に似ていると思った。

髪型、背の高さは小柄で、笑顔が実に美しい。

 今回の草原の乗馬では、私達3人の担当であり、実によく気

が利いて、適確な説明をしてくれた。

 特に、私のビデオカメラで撮影を楽しむかのように撮って

くれた。

 時には、自分も馬で走りながら、躍動感あるビデオ撮影を

してくれ価値ある映像となったのは、エルカのおかげである。

 8月に入ると、再び、遊牧民として自分の家畜の元に、

帰るという。9月に入ると草原の緑色の草は、枯れてしまうと

言っていた。

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写真: 左 エルカ

私の母(96歳)が毛糸の紐を編んだ。

この紐を日本人にあげようと思ってもなかなか

もらってくれる人がいない。

 いま、着物や浴衣を着る人がいないせいもある。

 たくさんあるので、悩んでいたところ、そうだ、遊牧民に

とって紐は便利だろうと思って20本ほど持参したところ、

案の定引っ張りだことなった。

 母は目が弱くなったので、毛糸の色は暗いと編みにくい

というので明るい色を選んで送っていた。

 これらのきれいな毛糸を子供達は頭に巻いたり、首に

かけたりと大喜びで、母の編んだ紐が、こうして草原で

有効に使われている。

 

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2015年8月27日 (木)

寒さで死んだ羊の肉は食べない

  草原の夏はすぐに過ぎて秋も短い。

  秋から冬への移行は早い

 9月を入ると、一気に秋を通り越して冬の様相を

呈してくる。

 さらに、冬から厳冬の酷寒に移行する。

 モンゴルの冬は、-30度になり、想像を絶する

寒さだ。例年、羊たちもかなり寒さで死ぬという。

 その話を聞いて、遊牧民のエルカに訪ねた。

 死んだ羊は、-30度の外に置いておくだけで天然

の冷凍庫に保管するようなもので、毎日、羊の肉

を食べることができていいね! と言った。

 しかし、意外な言葉が帰ってきた。

 遊牧民は「死んだ羊の肉は食べない!」という。

 寒さで死んだ羊の肉は食べても問題ないと思うが

、遊牧民は決して食べないという。

 他の遊牧民からも蔑まされるともいう。

 エルカはその理由を語らなかった。

 何故だろうか?

 最初は一種のプライドかとも思ったが、草原で

プライドなどあるはずもない。

 エルカは狼も、死んだ肉は食べない!

といったことを思い出した時、その理由が

わかったような気がした。

 羊の死因は、寒さかもしれないが、「病気」

に起因する可能性も否定できない。

 そこから、二次感染を防止するという長年の

経験則が守り続けられているからに違いない。

 人間も狼も感染による危険性を事前に回避し

ている。

 

 すくなくとも、「もったいない」などという

概念は草原の遊牧民にはないようだ。

 

  長年にわたって構築された多くの経験の蒸留があるからこそ

-30度の厳冬を乗り越えて生き続けることができるのだろう。

 ”どこに行っても、生きている羊はたくさん

いる。なにも、死んだ羊の肉を食べて危険を冒

すより 生きている肉を食べればいいではない

か” と、狼が囁いているようだ。

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2015年8月26日 (水)

「遊牧民族」

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モンゴルの遊牧民には「定住」や「所有」に固執すると

いう考え方はない。

草原の草がなくなると、さっさと移動式ゲルをたたんで

ほかの草原に移動する。

 

チンギスハ-ンやオゴタイが巨大な「元帝国」を築いたが、

拡大したその領土を支配し、民族の同化をして、そこに

居座るということはなく、いとも簡単にモンゴルに帰って

いる。

 古代より、モンゴル人に所有という概念はきわめて

希薄であるといえよう。

 広大な草原に羊や馬がいれば「衣食住」は事たれり、

といった考え方が浸透しているように見える。

 それは、農耕民族でもなければ狩猟民族でもない。

「遊牧民族」という希有な存在である。

モンゴル人は「草原が大好き」なんだと思う。

モンゴルの大統領も、夏休みなると草原のゲルに

いって、くつろぐという。

 古代のテムジンもオゴタイもあの草原をこよなく

愛した遊牧民族でおよそ、他国の建物や都市に

魅力を全く感じていなかったようだ。

 それは、この草原に住んだことのない人にとって

このような感性は決して理解することができないし

的確な推測もできない。

今、モンゴルの広大な土地に人口は、わずか「300万人」

である。 それもほとんどがウランバ-トルの都市に集中

している。ほかの土地は、人間より家畜の方が多く

遊牧民が減少している傾向はあるようだが、当分

壮大な草原が失われることはなさそうである。

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(遊牧民 トメさんの勇姿)

 

 

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2015年8月16日 (日)

私の古稀の祝い 銀座 過門香にて

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(写真: 右から二人目 中山薫プロ)


これまで、いつも私が幹事役で、多くの囲碁の仲間達に

「古稀」 「」喜寿」 「傘寿」のお祝いをしてきたが、今回

私が、古稀のお祝いをしていただいた。私が最年少で

あるがこうして、仲間から暖かいお祝いをしていただき

嬉しいと言うより、ありがたいという感謝の気持ちで一杯

です。

 実業界でもみな、立派な業績をあげられている方々。

 今回、ハワイ在住の方が、この日のためにお祝いに

駆けつけてくれた。

 最年少の私も諸先輩の方々に少しでも恩返しをしなけ

ればならない。

 その恩返しというのは、諸先輩に囲碁で勝ち抜くという

ことだろうが、囲碁に限っては、熟練者に勝つというのは

なかなか難しい。

 素晴らしい人との交友関係を深めることはできそうである。

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草原の日記 その9  草原との別れ

 草原は羊や馬たちの世界であり、その中にほんのわず

かな人間がいて、共存が保たれている。

 

 日が落ちると、恐竜にも似た「狼」たちがこの広

い草原をあの鋭い目と嗅覚で渉猟し、闇の世界の支配者

として君臨している。

 

およそ文明社会から隔離された世界であり、

コナン ドイルの「ロストワールド」の世界と何ら

変わるところがない。

最後の別れ

文明社会から隔離された地で、7日間過ごした草原とも

いよいよ別れの時が来た。

 陰で料理を作ってくれていた料理人、夏休みで手伝

いに来ていた子供たち、そして世話をしてくれた多く

の人達。

みんな涙をためながら見送ってくれた。

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車に乗り込んで車が走り出した。

すると、動き出した車に、あのガイド達が天を飛ぶご

とく馬で追いかけてきて、手を振っている。

<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/HsLnxLeyOF0?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

 

 遠くで見えないがおそらく目には涙をいっぱい浮か

 べながら走っているに違いない。

 TVでよく見る光景だが、いざ自分がそこに立つとやはり

悲しみに覆われる。

私ももちろん涙が頬を伝わった。

人は出会えば必ず別れがあるのが常である。

別離はつらい。

そうだ、また来ればいいんだ!近いんだから。

最初にここに来た日と同じように今日も草原の風が

ヒュ-ヒュ- と吹いて、草原も別れのメッセージを

私に送ってくれている。

狼が闇の支配者であるように、

「風」もまた草原の支配者である。           

                      (完)

 

 

 

 

 

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2015年8月15日 (土)

古来稀なり  花が届く 

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私への古稀の祝いとして囲碁の会から自宅に

花が届いた。

 囲碁の会は、上野RC、本郷RC、お茶の水RC(私)

川越RCのメンバー約10名位で構成され、約8年前に

誘われ今も続いている。

 月一回、日本棋院の中山 薫先生を交えて定例会を

開き、年二回、山中湖にて、 (株)チェストの保木社長

の山中湖山荘にて賞金を出し合い、ゴルフと囲碁の大

会を行っている楽しい会である。

 昨年、保木会長が逝去された今も、この会は続いて

いる。

 私は、これまで、古稀、喜寿、傘寿お祝いを贈る方の

幹事であった。

 今回は最年少の私がいつのまにか古希の祝いを受け

ることになった。

 ふと、後ろを振り返ると、70年。

織田信長が、「人生50年」を舞った頃は、70年は古来稀

であったのだろう。

 とにかく、今、この一瞬、この刹那を大事にして生きて

いきたい。

  これまで大きな病気一つなく、元気にここまで

これたことに感謝するとともに、できるだけ、

社会に奉仕活動をしていきたい。  感謝

 

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