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2015年7月

2015年7月30日 (木)

草原の日記  その8  羊の楽園 雨で蘇る

夏の草原は羊たちの楽園だ。

緑の草が生い茂るのは、7月、8月のわずか2ケ月

で,9月になると草原の草は枯れてしまう。

 夜中に遠くで雷が鳴りだし、次第に雨脚が強くな

り、ゲルの屋根に雨音が激しく音を立てている。

 

 この雨は、草原にとって「干天の慈雨」となり、

羊たちに食べられた草が再び伸びてくる恵みの雨と

なる。

 朝になるとその雨も止んでいたが、西の空は

薄墨のように黒く、時折ピカピカと閃光を放って

いる。

 今日は西の方に出発したが、

草原を走っていると、

ポツリポツリと頬を打ってくる。

 いやな予感がする。

 遠い西の彼方に雨のカーテンが劇場の垂れ幕のよ

うに薄く横に広がりこちらにゆっくりと迫ってきている。

 ガイドのエルカは遥か遠くに見える遊牧民のゲルに避難し

ようという。

 そこのゲルまでは、5kmか6kmありそうだ。

雨のカーテンがとうとう私たちを包み込みつつある。

 

全力疾走しようという。

こんなに長い距離を一気に全力疾走できるチャンス

はなかなかない。

内心喜びながら、馬に鞭を入れる。

 馬も人も、ずぶ濡れになりながらようやくゲルに

たどり着いた。

 濡れたままゲルの中に入るのは申し訳なく、入り口付近で

佇んで雨の通り過ぎるのを待つことにした。

ゲルに入るとお母さんと子どもが笑顔で歓迎してく

れた。

 そして、温かい「ミルクティー」を出してくれ、さ

らに揚げパンと作り立てのヨ-グルトも振舞ってくれ

冷えた体を暖めてくれた

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 どこのゲルに行っても訪問者には最大級の歓迎を

するのが遊牧民の作法であるらしい。

冬にもなると、-30° の酷寒の世界になる。

遊牧民にとって、病気や事故等が起きた時、隣の遊

牧民に依存せざるを得ないからである。

 厳しい自然環境の中で生活する遊牧民にとって、

「相互扶助」の精神は昔から培われてきているに違

いない。

外の雨も小降りになってきたのでお礼を言って再び

草原の中に馬を進めていった。

濡れた草原は土が軟らかく、馬も足を取られて転び

やすいが、しかし、柔らかい草原を走るのは馬への

衝撃が少ないのだろう

雨の上がった草原を、エルカは馬に乗り、走りなが

ら撮影をしてくれた。

このような動画は、実に嬉しい。

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雨上がりの草原の緑は一段と鮮やかになり、

羊たちの楽園が再び蘇っていた。

 (続)

 

 

 

 

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モンゴル草原の日記 その7 今回の乗馬メンバ- 3人

 私は、モンゴルの乗馬は、通算4回目である。

今回、草原で6日間一緒だった、山口さん夫妻は日本の

乗馬学校で乗っていたことはあるが、モンゴルの乗馬は

初めてであるという。

 最初はいきなり草原を疾走するのに緊張していたが、

6日間一緒に走っていると徐々にしかし確実に安定感が

増し速度も速くなってきた。

 

 次の動画は、最終日の馬の動きである。

 特に。奥さんの最後の馬の脚は素晴らしい。

この動画は、エルカが馬に乗り走りながら撮影してくれた。

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写真右から  私、ガイドのトメさん、山口さん夫妻・

         撮影者 :ガイドの エルカ

二人のガイドは40歳台の遊牧民であり、草原、

馬そしてここの場所すべてを熟知していた。

私の乗り方を見て、かなり自由に走らせていただき感謝している。

これまでの乗馬ツアーは、常に

1. 一列に走れ!  -----前の馬が落馬すると、次の馬も

                  落馬する。

2. コ-チ より前に出るな!

慣れている人にとっては、興味半減である。

企画者側の安全だけを考えた方針が多かった。

今回は、3人で広い草原をかなり自由に走れ爽快であった。

 もちろんコーチは、乗り手の腕と草原の状態を見て判断した

のであろうが、風の旅行社の満喫コースは、大草原の乗馬

を堪能させてくれた。

                               (続)

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2015年7月29日 (水)

モンゴル草原の日記 その6  「ヤギ」と「羊」

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「ヤギ」と「羊」

 

羊の群れの中に必ずヤギを入れている理由は?

 と昨年モンゴルの乗馬に行った友人に問われた。

 

“羊の群れはヤギに追随していく習性があるという“

そのため、群れを誘導するためには、そこの「ヤギ」を

誘導することにより、その群れに方向性を与えること

ができる。

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(ヤギと羊の群れがゲルの前を通る)

最近、カシミヤが高く売れるため、山羊の比率が高くなって

いるとのこと。

先頭のヤギを方向付ければ羊の群れは付いてくると

エルカは説明してくれた。

 群れを小さな川の向こうに渡らせようとするとき、

「羊」は決して先に川を渡ろうとしない!

ヤギは躊躇なく渡る。

ヤギが渡ると羊は追随してくる。

 仮に渡らなければ、狼に襲われるということを知っ

ているわけではないだろう。

 あるいは、群れにおいて行かれると、危険だということを

先天的に認識しているかもしれない。

 ヤギはまだ「野性的」であるが「羊は」集団生活に

馴らされ常に追随することで安寧さが保障されてきた

からではなかろうか。

 

そう考えると羊は優しい動物であり人間に飼いなら

された「家畜」と言っていいのだろう。

 

草原の中には、「水場」がある。そこには、多く

の馬や羊たちが集まり、それぞれの群れ同士が

混在しないように遊牧民は群れをそれぞれ誘導していた。

 

 もし、数百頭の群れ同士が合流したならば大変な

ことになるだろうと,エルカに尋ねた。

ヤギは自分で群れ同士で分かれるが、羊は分かれな

いから大変なことになるという。

 

羊を峻別するために数日かかり、遊牧民同士が大喧

嘩になるというのも頷ける。

 

羊の群れの中に必ずヤギを入れている理由

それは長年の遊牧民の経験の蒸留であったのだ。

                      (続)

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2015年7月28日 (火)

モンゴル草原の日記 その5  青い絵の具を溶かした空

モンゴルの青空は、どこまでも青い!

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この青さは他にない。

広大なモンゴルの国は、人口 300万人。

その殆どが、ウランバートルに集中している。

広大な草原には、工場もなく車もない。

空気汚染物質は皆無。

この草原に横たわり、遠くを眺めていると

心が洗われるようだ。

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およそ、文明社会から隔離されている.

                       (続)

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モンゴル草原の日記 その4  闇の狩人 「狼」

 闇の狩人 「狼」

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草原のトワイライト

海の黄昏は、太陽光が青い海に反射して、光り輝くが

草原の草は光を吸収するので、どす黒い。


夕日が西の空に沈むと緑の草原はヤギの音も消え闇の

しじまに覆われる。

夜、外に出ると空は半分だけが開けて、北斗七星、カシ

オペア座だけが北の空に見え、手が届きそうである。

 乗馬の爽快感に浸りながら眠りにつくと、深夜に遠く

の遊牧民の番犬たちがけたたましく吠えはじめ、数キロ

先からその音が聞こえてきた。

 狼の群れが羊や馬を狙って渉猟し始めたに違いない。

 深夜こそ闇の狩人の出番であり、それはまさに草原の

支配者が鋭い目と嗅覚で獲物を跋扈しはじめた証拠であ

る。

 遊牧民の犬は、さらに人間の数千倍という嗅覚でそれ

をキャッチし、狼に敢然と向かっていくという。

 遊牧民にとって、家畜の大敵である狼を忌み嫌うが

狼も草原で生態系の一角を担っているのも事実である。

 

 次の日、草原で2000頭の羊を飼っている遊牧民

にあった。昨夜、犬が吠えていたこと、羊の死骸が骨だ

けになっていたことから、狼はここでもいるの? とき

いた。

 “ いる ” という。

首都からわずか60km のこの地にも狼はいると断言し

ていた。もし見たいなら連れて行って見せてあげるという。

 深夜2時か3時に、このオートバイで小高い山の上に

行き双眼鏡で見せてやるという。

 感謝しながら丁重にお断りした。

イェローストン公園では、狼が絶滅しかけたが、最近

増えつつあるという。

 しかし、モンゴルでは広大な草原と羊がいる限り

 闇の狩人「狼」の絶滅の危惧は全くない。

草原の闇のしじまの中で、王者として君臨している

「蒼き狼」にエールを送りたい。       (続)

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2015年7月27日 (月)

モンゴル草原の日記 その3 「はぐれヤギ(羊)」

 

はぐれヤギ(馬)

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草原ではほとんどの羊、馬は集団で行動している。

 しかし、時々草原の中にポツンと草を食んでいる

羊や馬を見る。 

  はぐれ山羊(馬)とよんで、どこか体の調子が悪く

群れについていけないのだ。

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 2000頭位の羊を追う遊牧民に会い、聞いてみると

1頭か2頭の羊は、回復不能とみれば、置いていかざ

るを得ないと語っていた。

 そして、群れから離れた羊や馬は、悲しいかな死が

あるのみである。

 病気等で群れから離れることは、草原ではその時点

で死を意味している。

夜、狼は、約40km 位を徘徊するらしい。

狼に襲われて翌日には骨と皮だけになってしまう。

 

7/27 朝

 草原を駆けていると遠くに大きな鷲のような大きな鳥

が見えた。

 そこのすぐそばに黒い大きな塊のように見え、それは

馬や羊でないことは私にもわかった。

遙か遠くから見える

大きな黒い塊は

緑一色の中で

大きく見える。

みたいだね?

鷲に違いないとガイドのエルクに聞くと、鷲ではなく

死肉を漁る巨大な「コンドル」だという。。

 そこから少し離れたところにも数匹の大きなコンドルが点在

していた。

 エルクは近くに死骸があるに違いないという。

近づいてみるとやはり大きな羊が倒れ、骨に赤い血が

生々しく骨に残っていた。

 ほとんど肉はない。未消化の草原の緑の草を一杯に

食べた胃袋だけが薄緑色に透けて見えていた。

 エルカは、昨夜、「狼」が襲い、肉を食べて、残りを

鷲があさっているのだろうといっていた。

 はぐれた羊の末路は無常である。

“小田さん、目がいいね! ” という。

普段の行動を分析してみると、

朝は、小さな活字の新聞に目を通し、仕事では、メールや

文章の作成等常に目を酷使している。

 しかし、草原では新聞、パソコン、スマホ、TVなど

目に悪いものは一切ない。

 あるのは青い空と白い雲そして緑の草原だけである。

「ちなみに、視力は 0.7  0.6 」であったが、

ここに来て、確実に 「1.2  1.0」位まで回復

しているようだ。

 

 草原に出ると、ただひたすら草原のかなたの山を見て走る。

 馬で疾走するときは、10m先の草原の鼠の穴やタラ

バガンの大きな穴を注意して見ているくらいである。

 鼠の一つの穴は放射線状にあり、特に雨上がりの時は、

柔らかく、馬の前足がそこに入ると一瞬カクンと馬も

バランスを欠き、その瞬間遊牧民でも落馬をし、放り出

されてしまう。

 車はハンドルがあるが、馬の上では何も掴まるもの

がない。柔らかな手綱だけでは支えきれない。

したがって、落馬することも念頭に置きながらスピード

の調整もしながら走っている。

 特に私の馬は、ナーダムにでた競走馬である。

草原の穴などお構いなしに走るから怖い。

 一度走り始めたら、4本の足が地面に接しているとき

よりも空中にいる時間が長いような気がするくらい体を

前後に揺すって走るから乗っているほうはかなり、

神経を使う。

 

疾走するとき以外は、馬を休めてのんびり歩く。

 遠くの壮大な草原や山を見ながら歩く

のだから畢竟、遠目が効くことになる。

1週間も草原にいると、自分でもかなり視力が回復して

いるのがよくわかる。

 視力を上げようと思ったら、モンゴルの草原で遠くの

“はぐれヤギ”などを探しながらしばらくのんびり

するのが確実に効果的である。   

 

 (続)  

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2015年7月26日 (日)

モンゴル草原の日記 その2. 緑の絨毯の上を風のように駆ける  

私の馬は、タフで速かった。

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(動画)

モンゴル最大の祭りのクライマックスは「ナ-ダム」

と呼ばれる遊牧民達の競馬である。

 この馬は、過去二回出場した馬であるという。

体高はサラブレッドより約10cm低い。

 しかし、長距離、持久力には定評がある。

 サラブレッドは、2kmから3km位まで速く

作るように作られた馬である。

 しかし、ナ-ダムのように、30kmをモンゴル

と一緒に走らせたら果たしてどうだろうか?

 おそらく、モンゴル馬の方が圧倒的に速いのでは

なかろうか?

 

 この速い馬を私専用にしてくれた。

 馬は実に乗り手の顔色をよく見ている。

 この馬は、一度走り出すと、必ずと言って良いほど

他の馬よりも先に抜け出す習性があった。

この馬は「ナーダム用の馬」だというのがよくわかる。

 この一週間、実によく走ってくれた。

 7/30までわずか7日間私と一緒に走り、7/31

から再び野生馬に戻るという。

冬になると-30度C の寒さの中でもたくましく生きて

いかなければならない。温室で育てられたサラブレッド。

速く走るために速い馬同士をかけあわせ続けたと人工的

な馬サラブレッドとは比すべきものでもない。

 この間、実に素直に指示通りに動いてくれた。

 次回またこの馬と会えるだろうか? 

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2015年7月25日 (土)

モンゴル草原の日記 その1. 草原の緑の絨毯が鮮やか

草原に立つと風の音が「ヒュ- ヒュ-」と鳴って

いる。

遠くに小高い緩やかな山が薄茶色に連なり、草原は緑

の絨毯を敷き詰めたかのようである。

 今年の草は710日頃に生えてきたという。

 この緑の草も8月一杯で枯れてしまう。

 つまり、わずか2ヶ月間の緑の草原ということになる。

 今芽生えた緑の絨毯を羊、ヤギそして馬が去りゆく

夏を惜しむかのように黙々と下を向いて食べている。

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 いまこそ多くの栄養を含んだ草をたくさん食べて肥え

来たる厳しい冬に備えなければならない。

 そんな羊たちを眺めて立ちすくんでいると、草原の

風が再び私の耳に当たり、「ヒュ- ヒュ-」と

鳴っている。



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2015年7月20日 (月)

蒙古斑 の分布

私が「蒙古斑」について、書いたらすぐに、韓国の友人

から下記のコメントが届いた。
 蒙古斑についての私の認識は判然としていなかったが、
分布はかなり広いことが判った。
アジア系はもとより、ヒスパニック系40%の幼児にも及ぶとのこと。

韓国つまり朝鮮民族はもとより、アジア全域にかな

り多いことが判った。

Hanさんからのメール:

(本人の了解の元に掲載)

 小田様

新生児の韓国人もモンゴル斑点があります。
13C高麗時代、モンゴルは韓国を40年の間7回
の侵略をしました。
モンゴル軍は韓国女性を強姦して10万人以上の韓国
女性たちがモンゴルに引きずられて行ってモンゴル人と
結婚しました。
今でも韓国人の20%がモンゴル人の血を有しています。
蒙古斑とくせ毛は韓国人とモンゴル人の混血の証拠です。
私もモンゴル人の血が混ざったくせ毛です。
酷暑の時期、熱中症に注意してください! HAN拝上
Hanさん 貴重なメールありがとうございました。

 

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2015年7月19日 (日)

大草原の乗馬 4回目に挑戦

http://youtu.be/6eKFgcVwAJ0

モンゴル: 私にとってなぜか親密感を感じる。

 モンゴロイドという人種の中でもとりわけ「蒙古斑」

のできる民族は、日本人、ネパール人だという。

 以前メキシコを訪ねたとき、マヤ人の末裔も、マヤ民族も

やはり、蒙古斑があるという。分布の理由はわからないが

、蒙古斑一つをとっても民族の同一性からくる親近感を

身近に感じてならない。

 

今回は、大草原で乗馬をしその合間を縫って、モンゴルの

川で、トラウト系の魚を釣る企画もしている。

 

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2015年7月17日 (金)

2015年 毎日書道展  開催

東京都美術館にて、一般公募作品が展示された。

第二回目の入選である。

村上 玉雅先生や温知会の各先生のご指導の賜である。

今年の題字は、平家物語の冒頭の一節である。

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美術館にて、温知会の田代先生と浜野先生のお二方と

偶然お会いし、運良く「講評」をいただくことが出来た。

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左から、田代先生(以前 毎日書道展の審査委員)、

浜野先生(毎日展の会員 過去に偉大な毎日賞2回受賞)

田代先生からの上記作品中のご指摘:

偏と旁の文字が5文字ある。

1.これらの字は高さが同じである→ 変化を付けること。

2.偏と旁の空間が同じ      → 変化を付けること

3. 「無」 →  すこし扁平に書くと左下に余裕ができる。

貴重なご意見を賜り感謝致します。

とにかく温知会の諸先生方の指導層の厚さは素晴らしい。

毎日書道展が終わると、今度は12月「温知会展」の作品

に取り組まなければならない。..昨年、秀作賞を受賞した

ので、今年も上記講評をもとに、努力したい。

今年の題字は 「琴棋書画」 を予定。

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2015年7月13日 (月)

2011.3.11 原発事故の後、放流鮎も死亡か?

 

2011年 原発事故以来、東北の川は4年経過した今も

ごくわずかの天然遡上鮎を除いてほとんど、いないに

等しい。

 従来、各河川に放流していた鮎は100%河川に

残ることはない。増水により、数日間濁り水が入ると

その大半は死滅するのが常である。

 それでも原発事故以前はその残存率は高かった。

 しかし、2011年 原発事故以来、今なお

放射能は山々に音もなく降り注いでいる。

 その放射能が、雨とともに川に流れその中に棲息する

鮎達にとって、恐ろしいほどの毒となっているのは

明らかである。

 原発事故以来、放流した鮎も殆ど死滅している。

放射能による鮎の死滅を漁業関係者は「冷水病」と

称して論理をすり替えている。

 

 マスコミですらここ半年以来、原発事故に伴う放射能

に関する報道は、「ロボットによる処理が失敗」

「放射能汚染水が海に漏水」位であり、他は一切ない。

 

報道管制が敷かれていることは間違いない。

 

下記の記事は、燕の巣にセシュームがかなり含まれ

ているという山階研究所のデータである。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG31H2K_R30C15A5000000/

 

 

原発事故地点から約300km 以内に含まれているという。

300km という地域。北は秋田県、北陸は富山県、

岐阜県、静岡県まで広範囲。

特に、福島県に近い地域では鮎の死滅が顕著である。

今年鮎釣りに足が向かないのはこのような複雑な

心境があるからに他ならない。。

 

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