« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月26日 (金)

元 伊藤忠 社長.会長 丹羽 宇一郎様 [Globalization]

Dsc_0003_2

「GLOBALIZATION」 

地球人口

現在 72億人 → 50年後 「100億人」 に増加。

将来の人口増加に伴う食料増加は、伸びない。

食料、エネルギー、環境面から考慮すると今後は

政治、経済とも常に世界全体の視点から考えなければ

ならないだろう!

そのようなことから、最も重要なキーワードは

「GLOBALIZATION」  であるという。

このような観点から、政治経済を見据える必要がある。

対中国、対韓国そして、世界に対する見方はすべからく、

「GLOBALIZATION」 と言う観点からみなけれ

ばならない! といわれた。               (完)

丹羽先生のご趣味の中に 「書道」 があるとお聞き

した。

丹羽先生が伊藤忠の常務時代に 「村上玉雅先生」が

教えていたと聞いた。

 そのことを丹羽先生に尋ねたところ、

開口一番、

”村上先生は、 美人の先生でね-!!”

と、笑顔で話された。

丹羽先生の書は、実にすばらしかったようである。

一度拝見したいものである。

 実は、今、私が習っている先生が同じ「村上玉雅先生」

である。

今年の、毎日書道展初入選の作品、更に、第70回温知会

書道展 「秀作賞」受賞作品も村上先生のご指導に基づい

たものであった。

「書」 を通した、人と人とのつながりに感謝!!

|

2014年12月23日 (火)

「高倉 健 最期の手記」

高倉健  最期の手記」を読んだ。

Dsc_0024_2

Dsc_0023_2

「諸行無常」で始まり、「合掌」 で結んである。

 高倉 健といえば、「網走番外地」「昭和残侠伝」

等の任侠映画のスターであり、その後、「八甲田山」

や「鉄道員」の主役を務めた大スターであった。

「往く道は精進にして忍びて終わり悔いなし」

の言葉を残して去っていった。

 

 病床で最後の力を振り絞って綴られた手記を

読むと、俳優 高倉健ではなく、人間 高倉 健の

姿がくっきりと浮かび上がっていた。

任侠映画一筋できていた東映を止めた。

それまで多くの心の葛藤があったことであろう。

- - - - - - - -

高僧 酒井 大阿闍梨

Img065  

比叡山の高僧 酒井雄哉 大僧正がまだ小坊主の時、

高倉健が京都のお寺に撮影に来て、その姿を見たと

き、次のように感じたという。

 こんなに若いのに、これだけの人気と大きな仕事

をしている姿を見て、

“よし、私も、もっと、修行してがんばろう!!“

と誓った!

ということが書いてあった。

その後、このことが、高倉健の耳に入り、高倉が

酒井阿闍梨を訪ねたという。

酒井阿闍梨は、千日回峯(7年間の荒行)

を 2 度も満行された。

延暦寺1000年の歴史の中で、2度満行された人は、

3人 だけという。

 ― ― ― ― ― - - -

孤高の 高倉 健

このお二人が、その後、お会いすることとなった

が、常に孤高の高倉 健は、酒井阿闍梨にお会いす

ることで、大きな安らぎを得られたことは想像に難

くない。

 

 このお二人の出会いを、酒井阿闍梨は仏の導き、

書いていた。

今、偉大なる、お二人は、天国で笑顔で話し合っ

ているに違いない!

                    合掌

|

2014年12月15日 (月)

保木さん のお別れ会

Fullsizerender

保木 敏明さん のお別れ会に出席し

花を献げてきた。

Dsc_0001_2

生前、囲碁を通して、多くの仲間を紹介していただき

たいへん可愛がっていただいただけにお別れは寂しい。

ご冥福をお祈り申し上げます。         合掌

|

保木 敏明 さんを偲ぶ! (再掲)

保木 敏明 さん

チェスト()「医療機器メーカー」の創業者で東証

一部上場の「ホキメディカル」創業者の保木

将夫名誉会長の実弟。

Img046

保木 敏明 さんご夫妻  と 日本棋院 中山 薫先生。

2014.4.25 「 傘寿のお祝い」

保木さんとのご縁は、囲碁とのお付き合いか

ら始まった。

上野ロータリークラブの「囲碁同好会」を作り、

月一回八重洲で囲碁の例会を開催し、それに私

がお誘いを受けたのがご縁である。

 月一回の例会には、日本棋院「中山薫 三段」

を講師にお呼びして指導碁を打って研鑽している。

高段者ばかりの会である。

 その後、メンバーは上野RCだけでなく、

「川越RC」「本郷RC」「お茶の水RC(私:

最年少)」の人たちも参加して、終わると、八重

洲の居酒屋で、談笑するのが常であった。

春と秋には、例年「山中湖の保木山荘」に泊まり、

ゴルフと囲碁の各大会を行い、賞金をかけて楽し

んでいた。

私を、アークヒルズでの月一回の囲碁「大竹 

英雄会」に勧めてくれたのも保木さんであった。

10月末に順天堂大学病院にお見舞いに行ったと

き、「棋聖戦」か「天元戦」をTVで放映して

いた。その時は、「井山 名人」が勝った。

保木さんが “井山は強いね” と笑顔で話し

ていたのが忘れられない!

優しい人柄で、思いやりのある方であった。

ご冥福をお祈り致します。

今後も、この交友関係は継続することになった。

この会も、保木さんに因んで、「保木会」 に変更

予定である。

Img_0115

喜寿のお祝い(保木さんがいないのは寂しい)2014年11月

|

2014年12月 5日 (金)

第70回 温知会 書道展 「秀作」賞 を受賞

  Photo_2

2014.12.5 「東京都美術館」にて、展示。

”物事に動ぜず、静かなること”   出典: 「易経」

Dsc_0025_3

ご指導いただいた「村上玉雅先生」「神郡 弘道先生」に

感謝申し上げます。

|

2014年12月 4日 (木)

タイ 最北部 チェンライ で「書道コンテスト」

タイ最北部 ダムロン高校にてJapan Day」 

が開催された。

 参加者は各高校から約120名参加。

 

「書道」生け花、折り紙、海苔巻きの作り方等々。

 

Dsc_0221


書道コンテストがあるというので、日本から

「使った筆」の寄贈を呼びかけたところ、多く

の筆が集まった。

Dsc_0151


 特に、温知会 神郡会長からは、多数の筆を

寄贈していただいた。

 中には、新しい筆もたくさん含まれていた。

それらをダムロン高校に寄贈し感謝された。

Dsc_0156

 

[書道コンテスト]

10 の高校から2名選抜。20名で行われた。

 

題字は私が選び「永」の字を書いて、黒板に

貼り生徒はそれを見て、書いた。

 

練習30分。清書15分。

Dsc_0210

 

一人一人、添削をして回ったのだが、時間が

足りなかったものの、徐々に形が整っていった。

 

選考委員は、私が行った。

最優秀賞は二人。

◎ウット君。    力強さでは抜群。少数民族の

出身で教えたところの吸収が実に早かった。

 

 

 

Dsc_0248

◎スペンサーさん。 全体の形が整っていた。

ダムロン高校の生徒で、習字が大好きだという。

Dsc_0249

他の参加者も各賞を受け取り、

スポンサーからそれぞれの賞金と賞状を受け取り

嬉しそうであった。

|

2014年12月 1日 (月)

タイ アカ族支援のアリヤさんから感謝状

後日、アリヤさんから、感謝状が届いた。

Dsc_0025

|

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »