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2012年6月

2012年6月24日 (日)

日本棋院 認定試験 3段受験

2012.6/24 日本棋院 認定試験 3段受験  

初めて、時計のある対局。 

全国から集まった人同士の対局による実力
認定試験である。

第一局 最後は、10目位優勢だったが、最後の最後で半劫で、

私のダメがつまっていた所の、5目が、取られてしまい、負け。
相撲で言えば、ウッチャリで負けたようなもの。
j実に、詰めが甘い。こういった負けが、多い。

第2局、第3局と勝ち、
最後の第4局、終盤まで大石を攻めて、取り損なって、「3目」負け!
悔しい!!

結局、2勝2敗。で、3段の免状が認定されたが、56,000円支払う

のは嫌なので、次回全勝又は、3勝1敗を目指して、秋に再度挑戦

したい。

第一局、第4局の負けが力量の差ならしかたがない。しかし、

貪欲に、頑張りすぎたことが敗因であるから、悔しいと言うより、

情けなく、夜眠れなくなってしまった。

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2012年6月20日 (水)

古来より、 「琴棋書画」は君子のたしなみ

2001年 囲碁を始めた。

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最初から、白江治彦Pro. に、ご指導をいただいたため、筋は

良いと自負しているが、現実は、厳しい。

最初の3年間に、約300局ほど添削していただいた。

 しかし、なかなか、上には上がれない。

 負けると悔しいので、ついつい、のめり込んでしまうのが、よく判る。

血圧も相当上がる。あるベテランの仲間に聞いたら、”私はそんな

にあがらない!” と言った人に、実験をしてみた。

打ち始めて、15分位経過したとき、脳の活動は、最高潮になる。

その頃を見計らって、血圧計を出して、計ってみた。

なんと、囲碁を打つ前より、約 「30」はあがっていた。

 そして、他の仲間も全員実験をしたところ、全員が、30〜40

位上昇していた。

高血圧の人にとって、囲碁は危険なゲームであることは間違いない。

 

 中国で君子は、古来 「琴棋書画」を身につけることが必須と

されていた。

 そのうちの棋が、囲碁であるが、私のような短絡的な思考では

なかなか、安定して勝てない。

囲碁の棋士は、超天才である。

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天才棋士: 小林光一Pro.ご夫妻とご一緒に。(2005年)

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白内障....加齢とともに避けては通れない眼の病気。

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井上眼科病院 院長 井上 賢治 先生

白内障....加齢とともに避けては通れない眼の病気。

最近の治療方法を画像で判り易くご説明いただきました。
 

 白内障の手術と聞いただけで、恐怖感に苛まされるのが
常であった。 この瞬間こそ、普段、目が見えることに
感謝する瞬間でもある。
 もし、手術が失敗したらという、不安と、恐怖感が、一瞬
脳裏をかすめるからに他ならない。
 

 しかし、今回、井上眼科病院 院長 井上 賢治先生の講演
を聞くことによって、その不安は、一掃された。
 井上賢治先生のお父上、井上治郎先生(前院長)とは、懇意に
させていただきましたが、この度、井上 賢治先生に貴重なお話
をしていただき、誠にありがとうございました。
 

簡明で、不安感を一掃するお話は、将に、”目から鱗が落ちた”

瞬間でした。
                               深謝!!

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2012年6月19日 (火)

小金井に「狸」 !出現。(自宅の裏に)

2012.3.6 朝5:00頃。(写真:2頭の狸)

新潟の実家ではなく、自宅(東京都小金井)の裏に、なんと「狸」が二頭現れた。

武蔵野公園に面しているので、緑は豊かだが、実は心配な点が一つある。

何を食べているのだろうか?

調べてみると、雑食性で、木の実等も食べるらしい。

広い公園だから、木の実は豊富だから、ひとまず安心。

 

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10数年前、調布飛行場の隣、「カントウ村跡地」が木々が鬱そうとしている

時には、時々、道路に車にひかれた、子狸の死骸が目撃された。

今なお、武蔵野公園で棲息していることが、明白になり、貴重な写真である。

 

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2012年6月 2日 (土)

タイの北部(チェンライ)..山岳民族の子供達に日本語教育

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タイの北部(チェンライ)..山岳民族の子供達。
 ここは、タイ、カンボジア、ラオスの国境近く。通称、麻薬のゴー

ルデンタイアングル地帯。

原田義之さんは、定年退職後、ここの子供達へ日本語教育の

ボランティア活動をしている。

ここの子供達は、一定の年齢になると、男は麻薬の運び屋、女

子は都会で売春等。HIVにかかると、実家に帰ってくるという。
 

 こうした、悲惨な実体を見て、原田さんは、子供達に日本語の

教育をしようと決意。60歳から、日本語を教える新米教師として、

輝く子供達の目を見て今も、現地で、日本語を教えている。

 教育を通して、子供達が少しでも、社会に順応することができる

よう熱い情熱をかけている。

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