« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

2011.最後の釣り

Dscn1437

20119月13日

山形県 赤川 に入った。釣り人は誰もいない。鮎が少

なく釣れない証である。

 荒瀬が約500m位続く場所に入った。よく見ると遙か

下流で一人竿を出していた。

 10分、20分。..なかなか、釣れない。最も居そうな

ポイントに入れても反応がない。

 そのうち、友人のYさんは、釣れるポイントを見つけた

ようだ。川の端、釣り人が立つような浅い川の際で、小振り

だが、ポンポン釣り始めた。

 さすが、元鮎漁師! しかし、私は、終始一貫、「錘」を

付けて、荒瀬の芯だけを狙っていた。とうとう、昼までに、

わずか「2匹」釣れただけである。

 昼食後、再び、人のいない瀬を、錘を付けて釣り始めた。

 Yさんは、午後も浅いヘチを狙って好調に釣っているよ

うだ。私が下流に入ったのでよく見えない。

型は小さいようだが、この時期、最も遅く遡上してきた鮎

は、たくさんいる。

 しかし、私は今年最後の釣りでもあるので、相変わらず、

錘を付けて、午後も、瀬の中を釣り続けた。今年最後の釣り

だから、釣れても釣れなくとも自分の好きな釣り方をしたか

ったので、瀬を釣り続けた。鉤は、「チラシ」長良8.5号。

 すると、水温が上がり始めたのか、少しづつ、追いが良く

なってきた。鮎は少ないが、最も居そうな所に入れると、釣

れ始め、ピンポイントで、釣ることにしたら、更に釣れるペ

ースが早くなってきた。

 十分楽しめたので、3時半で、竿をたたむことにした。

 今年最後の釣りだから珍しく数えてみた。

 二人で「54匹」。

 Yさんは、多分「34匹」。私は「20匹」位ではなかろうか。

私は、急流ばかり攻めたので、数は少なかったが、大きな型の

鮎ばかりであったから、最高の釣りを「山形県 赤川」で終え

ることができた。         2011年 鮎釣り (完)

|

2011年9月28日 (水)

2011.9.28 肥満と病気について

Photo_3

医学博士  森 昌夫 様 (微小循環研究所 所長)

                 (復旦大学 名誉教授)

森先生は、フジテレビ「あるある大辞典」など多数の番組に出演され

てます。

肥満と病気の核心について、医学的専門分野からお話をいただき

ました。

特に、「微小循環」の核心は、かなり専門分野の医学的領域で難解

であったが、それを、非常に解りやすく解説をしていただきました。

要旨

◎ 肥満の最も重大な問題は「動脈硬化」「高血圧」「血栓ができや

すくなる」 です。

 これらは、腹内脂肪より生産される「アディポネクチン」が、腹内脂

肪の増加に伴い、減少することから、病変として、現れる。

◎どの病変も動脈硬化が大きく関係していることから、肥満は「万病

の因」であると考えられ、肥満を解決すれば、血液の質も改善される。

◎ダイエットには、ミトコンドリア活性が、第一です。

長生きしている人は、「肉」を食べています

 美味しいものを食べ

て、ミトコンドリアを活性すれば、寝ていても燃焼します。!

                                  完

(辞典より)

ミトコンドリア:真核生物の細胞。小器官である。

         独自のDNA(ミトコンドリアDNA)を持ち、分裂

         増殖する

 この専門的分野が、森博士の血液、細胞、DNA等の

「微小循環理論」の核心である。

 さらに、「病気の治療」の先にある、原因の究明こそ最も重要

ことであると話された。

健康回復のための医学が、重要!

            と述べられ、

これを

「健康回復の医学」すなわち「康復の医学」

と提唱されました。

  

 

|

2011年9月21日 (水)

福島第一原子力発電所事故を考える。

Photo_4

浜崎 一成 様  海外原子力情報センター研究所 参与

昭和38年日本原子力発電(株)において、米国から導入した日本

最初の軽水型原子力発電所の建設、運営に携わられました。

今回の事故の問題点と今後の課題について、お話をい

ただきました。

◎原子力発電所の代替は、火力発電所のみ!

 しかし、資源枯渇、価格高騰、地球温暖化防止には、「マイナス」

◎自然エネルギー(風力、太陽光等)は、太陽光発電効率、大容量

蓄電池など技術開発の余地大!

◎事故の発生の直接原因は「想定を超える津波(15m)

であったが、「想定上に甘さがあった!」

◎しかし、日本経済の持続的成長を前提とすれば、原子力発電

を代替する手段は残念ながらない!

◎国際的なエネルギー基本計画について的確な政治主導が不可

欠!

原子力発電の鋭い分析をしていただきまして、ありがとうございま

した。

|

2011年9月19日 (月)

「アユカケ」(アイカケ) が、最上川にいた。 

Dscn1424

「アユカケ」アイカケ) が、最上川にいた。  

2011.9.12

最上川の下流で鮎釣りをしていた。

今年の最上川は、鮎が少なく、竿を畳んで帰ろうとすると、岸の引き船の横に、奇妙で大きな魚がいた。一瞬、目を疑った。アイカケではないか!

 腰の網で、そっとかぶせて捕まえた。間違いなくアイカケであった。

 絶滅危惧種に指定されているところもある希少な魚だ。

アイカケが、鮎を捕まえて食べるからこの名が付いた。しかし、この魚が鮎を捕まえた瞬間を見た人は、今、何人いることだろうか?釣り人や学者を含めて、実際に見たことのある人は、おそらく、私ぐらいではなかろうか?

今河川の環境が変わり、アイカケと鮎の減少から、むしろ見ることは不可能に近い。

私は、アイカケが鮎を捕まえた瞬間を見たことがある。中学生頃であった。新潟県 阿賀野川の支流.常浪川に、「梁」が掛かっていた。

当時、鮎は無数にいた。川を覗けば鮎だらけであった、といっても過言ではなかった時代だ。

私は、左手でガラス箱を、右手でヤスを持ち、梁のすぐ下のもの凄い急流で鮎を待っていた。急流の下では鮎の動きが流れに押されて、ノロノロになるから、そこを狙っていた。

私も流れに流されないように、足を梁の土台の木に足をかけて鮎を待っていたら、ようやく、待ち焦がれていた鮎が、下から昇ってきた。

その鮎を、私がヤスで突こうとした、その刹那、鮎が、キラリと横になり、白い腹を見せた。私は、一瞬驚いた、と同時にその理由が判らなかった。その後も、胸の動機を押さえながら見ていると、川底の石だと思ったものが、実は、大きなカジカのお化けのような奇妙な魚であり、その肩の

鍵で、鮎を引っかけたということが判った。

そして、その鮎や、アイカケをヤスで突くことなく、しばらく見ていると、弱った鮎を、あの大きな口で飲み込んでしまった。

アイカケ であった。その見事な、鮎を捕まえた手法は、見事な鮎漁師であり、今も鮮明に思い出される。

 

|

2011年9月18日 (日)

「アユカケの嗅覚」

Dscn1426_2 

最上川は、対岸まで、数百mある。 その広い川で、何故、川岸につないである私の引き船の横にいたのだろうか?

 その理由は、明白である。私の引き船には、数匹の天然鮎が入っていた。

その鮎の芳香が、最上川の流れに乗って、漂い、それを嗅ぎ付けたアユカケが、本能的に近寄ってきたに違いない。鮎は、香魚とも呼ばれ、人間にも、その芳香が好まれている。ましてや、それを大好物とするアユカケには、その匂いが大きな刺激になるに違いない。

 私は、川に逃がす前に、2点確認してみた。

 アユカケの最も重要な「肩の鍵」である。写真でも確認できるかも知れないが、両方の胸びれの上にある「フック」。これを指で起こすと、鋭利な鉤が出てきた。

更に、腹の「吸盤」である。これも、急流でも流されることなく石に吸い付くことができる。これも、確認できた。

その後、これまで殆ど死んだように動かなかった、アユカケをそっと、持ち上げて、水の中に話すと、一気に最上川の中に消えていった。

その後、約50年前、アユカケが鮎を捕まえたあの光景が、今再び思い出された。

アユカケがこれからも、絶えることなく、生き続けてほしい!

|

2011.9.17 最上川 清川で水死事故

楽しい鮎釣りに行っての、事故は、悲しい。

一週間前、誰もいなかった場所に、3連休で、昔の大鮎のイメージを持っている人が、「清川」に入ったのであろう。

 心から、お悔やみ申し上げます。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110917/dst11091719410022-n1.htm

|

2011年9月17日 (土)

最上川 (山形)最下流部 清川地区

最上川のみならず、日本海側の河川の天然遡上鮎は、年々少なくなり、2011年は、特に少ない。

 それでも、どうしても行ってみたい川がある。

それは、山形県「最上川」清川地区である。

Dscn1414

今年は渇水とはいえ、大河最上川を象徴するような場所である。

 今年は、鮎が少なく、釣り人は、9月11日(日)日曜日だというのに、ここ清川には、私以外誰もいない。上下見渡しても誰一人いない。

Dscn1415

 私以外は、天空に舞う「鷹」と悠然と飛ぶ「白鷺」だけである。

Dscn1428

 私の好きな釣り場であるから、釣れなくても良いので、10:30川に入った。

 改めて、上下8kmほど見渡しても、私だけである。

風が強いので、7mの竿を、畳んで、6mにして、釣り始めた。瀬頭の急流に、錘をつけて沈めると、明確な鮎のあたりがあった。

Dscn1422

24cmの幅の広い鮎が顔を見せてくれた。

 それからも、12:00まで、大きな鮎が、5匹釣れた。午後も、2時間で、大きな鮎が4匹。予想外の釣果に興奮した。

 しかし、その後は、全く釣れなくなった。

 瀬に着いている鮎を釣りきってしまうと、新たな鮎がその縄張りに、入ってくるのが常であるが、今年は、鮎が少ないため、新規参入はない。

 それでも、私の好きな場所で、たった、9匹だが、私を待っていてくれたかのように、最上川の鮎が顔を見せてくれて、胸が高まった。

Dscn1411

 最上川の最下流部、「清川地区」の「すすき」と「萩の花」が心なしか悲しそうに揺れていた。

            2011.9.18

|

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »