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2009年7月

2009年7月28日 (火)

ブラジルに訪問。出稼ぎ日系ブラジル人の子供達への奉仕活動

http://rotary.jugem.jp/?cid=32

Dsc_0062 経済不況のあおりで、帰国せざるを得ない日系ブラジル人。

親は、まだポルトガル語を話せるが、その子供達は、ポルトガル語をほとんど話せない

帰国後、ブラジルに帰っても、ポルトガル語は全く話せず、学校に行ってもいわゆる脱落者の道。不登校で、結局犯罪の道に走るか、精神上に問題を抱えることになる。

2009年に入り、デカセギの日系ブラジル人の帰国者が、急増している。

この地球上で、日本人が多いのは、日本に次ぎ、ブラジルであり、約150万人の日系人が住んでいる。日系ブラジル人の先駆者は終始一貫、「正直」「勤勉」「誠実」で過酷な原野を開拓してブラジルで生活をしてきている。長い間、日系ブラジル人はその真面目さで、ブラジルの国内では、今、大きな信用を築いてきている。

 しかし、日系ブラジル人の日本でのデカセギ労働者は、いち早く解雇されて帰国を余儀なくされているのが現状である。

その子供達。ポルトガル語も話せず、学校の授業に着いていけず、不登校から、犯罪への道を進む姿は、あまりにも悲惨である。そんな子供達に、少しでも夢を与えようと思って、下記のような奉仕活動をしてきた。(下記URL 参照)

 2050年 日本の人口は、約8000万人に減少。

一方、BRICS、すなわちブラジル、ロシア、インド、中国の発展途上国の中で、人口約2億人。資源と国土が豊富なブラジル。

これからの日本との良きパートナーとなるはずである。

その時、日系ブラジル人の子供達が、二つの言語を話せるなら、小さな島国の日本と、広大なブラジルとの間に、ビジネスとしての大きな虹の架け橋を架けることが出来る。

日系ブラジル人の子供達がその大きな虹を架けてくれることを願わずにはいられない。

Dsc01958red(写真: 日系ブラジル人の子供達が歓迎してくれた)

http://www.spshimbun.com.br/content.cfm?DA_N_ID=10&DO_N_ID=30183

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2009年7月27日 (月)

ブラジルに行く。日系ブラジル人の帰国者の子供達への奉仕活動

東京お茶の水ロータリークラブからの、贈呈品を持参して、ワシントンDC経由で、着いたものの、日本から、約32時間。ビジネスクラスで行ったとはいえ、地球の裏側までは、遠かった。

 空港に、阿部義光様(リベルダーデ RCに在籍し贈呈式の段取りをお取り下さった)が、お迎えに来て下さった。

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ブラジル: サンパウロ空港にてRotary_003

書籍 約 150冊(日本語、ポルトガル語のバイリンガル CD付)

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贈呈品の一部(PC、プリンター、本約150冊)

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日本人街の中にある ニッケイパレスホテルにて、贈呈式。

教育文化連帯学会 吉岡黎明 理事長に目録贈呈。

左から、阿部義光様、Dr.中川郷子理事。

 他に、サンパウロ州教育局日野寛幸様、ブラジル三井物産 目黒英久様、

リベルダーデRCの会員約70名。ニッケイ新聞社、サンパウロ新聞社。

吉岡理事長は、「このような支援は大変ありがたい。ポ語の学習だけではなく、帰伯子弟らが日本語を忘れないためにも役立つ}と謝意を表し、今後は必要に応じて、貸し出すなどして、有効に活用すると、述べられた。

吉岡会長はまた、日本から解雇されて、帰国したデカセギ子弟へのサンパウロ州立学校編入プログラム{カエルプロジェクト}を進める上で、難しい点は、帰伯子弟達が、いろんな地方に分散していることだと述べ、「各地方、地域のコミュニティーが、みんなで力を合わせて子供達をそだてるという意識を持って欲しい」と、日系社会全体の協力を呼びかけられた。

Dsc01943red 

小学校訪問:サンパウロ州立小学校

私達が、クラスを訪問して、挨拶をすると、どこからともなく、「こんにちわ!」

という声が聞こえてきた。

Photo

高学年の帰国子女達が、放課後、贈呈した辞典や、本で、ポルトガル語を勉強している

写真が届いた。

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2009年7月26日 (日)

サンパウロ新聞

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ブラジルでの贈呈式には、ニッケイ新聞、サンパウロ新聞の各社が取材にきて

日系ブラジル人約150万人に、今回の奉仕活動を報道していただいた。

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2009年7月21日 (火)

アマゾン川の主 「ピラルク」

Dscn0454 イグアスの川の主な魚の看板。

アマゾン川にいるあの巨大魚「ピラルク」。1億年前から棲息している古代魚であり

鱗を持つ魚としては最大魚である。その鱗は、ヤスリにもなるという。

 実は、この魚は、アマゾン川だけではなく、アフリカの川にも、いるという。

地球の地核がもともと一つであったものの、地核が遊離して、アフリカ、南米と分離したらしい。地図を見ると、南米の西側とアフリカの東側は、ぴったりと符合する。

 もちろん他の大陸も大同小異である。

1億年前からいるピラルクは、そのとき南米とアフリカの地核が遊離していないとすれば、アマゾン川が、アフリカに流れ込み、ナイル川までつながっていたという可能性は十分あり得る。いまなお、アフリカにもピラルクが棲息しているという話は、それを裏付けるものでは無かろうか。

 先日、ピラルクの大量捕獲者が、逮捕されたという記事が、サンパウロ新聞に乗っていたところを見ると、今は、捕獲制限があり、保護の対象になっているらしい。

 いつまでも生き続けてもらいたい。

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2009年7月20日 (月)

モンゴルの「イトウ」と アマゾン川の「ピラルク」

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左の写真は、アマゾン川ではない。小さな川である。

ブラジルの川は、5km位のの流れで、高低差がわずか2cm というような川が多い。

日本の四万十川の中流下流も、落差が少ない。

しかし、それ以上に落差が少ない。

「流水不争先

 大河日夜流」

の川は、中国の川だけではなく、ブラジルにも、悠然と流れる川がかなり見受けられる。

◎ 「イトウ」 

海の魚は地球全般に流布していることが判った。

 しかし、川の魚は、極めて限定的である。その典型的なのが、モンゴルのイトウである。 ‘95年 ’96年の夏。モンゴルの草原に行ったときに、現地人がイトウの話をしてくれた。 

草原の人たちには、釣りという文化が全くない。私が、エサを付けて川に沈めると、ハヤ、マスのような魚は、入れ掛かりであったのは言うまでもない。そして、それらを、餌にして、夕方、かなり太いイトの延縄として、仕掛けた。翌朝、馬に乗って、現地に行ってみると、10本の仕掛けが、すべて糸を切られていた。

大きな魚であることは間違いなかった。夜行性の大ナマズか大鰻かも知れないし、もしかしたら、イトウかもしれない!! 残念ながら、どんな魚か、知る由もない。

 釣りといえば、冬になるとロシアの兵隊達が、結氷した氷の上からよく釣って行くらしい。そんな話を聞かせてくれた。イトウは?と聞くと、いるよ!とのこと。

「イトウ」がいるという話を聞いたので、私は、持っていったルアーをしばらく川で振ってみたが、私の腕では、釣れるはずがなかった。

イトウを釣るには、本物のネズミの中身をとり、皮だけにして、月夜の晩に振り込むと釣れるという。この話は、以前 「Nifty の釣りフォーラム」で、モンゴル滞在が長かった方が、素晴らしいモンゴルの釣りを書かれていた。

 たしかに、草原には、地ネズミがたくさんいる。夜川を泳いで渡ることは十分考えられる。イトウの大好物かもしれない。

 現地人は、バイカル湖に注ぐ「セレンゲ川」に、イトウは間違いなくいるという。 開高 健 のビデオによるイトウ釣りはここで撮影したらしい。

問題は、なぜバイカル湖に注ぐ川、セレンゲ川にいるのだろうか?今は、完全に陸封されている川に。

昔、北海道にもいたという、イトウが。おそらく、大昔、バイカル湖は、湖ではなく、日本海に川として注いでいたのであろう。日本列島が、アジア大陸とつながっていた頃を考えれば、今陸封されているモンゴルのイトウは、日本のイトウと同じ種族であり、納得がいく。

イトウの鬼のような顔には、マダガスカルのシーラカンス、アマゾン川のピラルクと同じ雰囲気がある。

古代魚の仲間に違いない。

北海道のイトウは、ほとんど、絶滅の危機に瀕しているが、モンゴルの遊牧民族には、釣りの風習がないから、これからもモンゴルのイトウは生き続けるに違いない。イトウが多く棲むというセレンゲ川の上流まで行くのは、至難の業である。

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2009年7月14日 (火)

リオ(ブラジル)の磯には、どんな魚が釣れるのだろう?

Dsc_0106_2  美しいコパカバーナやイパネマの海岸には、ビキニ姿の美しい賑わいを想像していったのだが、6月のリオデジャネイロは、冬で、期待を裏切られてしまった。

ブラジル日本の反対側。つまり日本の真後ろに位置するブラジル。生態系も違うはずである。

あのアマゾン川にいる魚の種族は、日本の川の魚とは似てもにつかわない。

以前、開高 健の「オ-パ」を読んだ。そこに出てくる魚は、水族館でも見たことのない魚ばかりであった。それがアマゾンに棲息する魚たちであったから、この美しい海辺にいる魚達は、きっと、およそ日本にいる魚とは違うに決まっている。しかも、地球の裏側に位置するブラジルであるから、どんな魚がいるのだろうか。

そんな好奇心に駆られて、この海岸の左側の磯に行ってみた。

数人の釣り人がいたので覗いてみた。Dscn0513

釣れている魚を見て驚いた。

おちょぼ口で、奇妙な姿の「カワハギ」であった。

 岸壁から小さなルアーを投げている人には、きらきら光るサーベルのような

魚が釣れていた。

「タチウオ」であった。

 日本の裏側の海だから、およそ異なる魚種を期待したが、日本の海の磯と何ら変わらない。

 北半球、南半球とも、川の魚ほど変化はなさそうだ。

 海流が地球全体をぐるぐる回っているのだから、卵も魚も、水温に大きな差がない限り、どこも大差がないようである。

(作成中)

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