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2007年10月

2007年10月18日 (木)

鮎ルアー

Dscn0158 鮎ルアー は、かかる。

追う鮎がいれば、生きたオトリと同じくらい、掛かる。

えっ!生きたオトリの方が、掛かるに決まっているよ!とおっしゃる方がいると思う。確かに、生きている方が、自然の泳ぎをする。

その差異は、時と場合といって良い。だれが見ても、生きたオトリのほう方が、良いと思うのは自然である。しかし、生きていても、弱った鮎の動きは、きわめて不自然である。

弱ったオトリを使っているとき、たとえ、錘を付けていても、自分では、瀬の底にオトリが沈んでいると思っていても、実際は、瀬の中層に浮いて泳いでいるときがよくある。このような状態では、生きたオトリでも、まず、追うことはない。

また、引いていたオトリが、横になったときは、鮎の泳ぎは、生きていても、自然の泳ぎではない。

野鮎から見たら、このような鮎より、鮎ルアーの方が、竿の操作によっては、はるかに、躍動的に見えるはずだ。

◎四万十川のように、水温が高く、オトリが死んでしまった。

◎釣れないので、オトリが、とうとう色が変わった。

○オトリ屋が、閉まっていた。

○弱ったオトリに、ようやく野鮎がかかったが、腹がかりで、すぐに死に    そうとか、頭付近にかかり、息絶え絶え!

△山の中に入ったら、オトリやが無い。等々

こんなときに、実は、頼りになるのが、この鮎ルアーである。

10/17 富士川に行ったのだが、鮎釣りも終盤になり、いったら、、オトリ屋がもう閉まっていた。

川にいる人に借りるのも、どうもプライドが許さない。

私は、悠然と構えて、河原に行き、この鮎ルアーを使ってみた。

「鮎の毛鉤釣り」なら、当たりバリが、見つからず、試行錯誤で、30分、いや1時間も全く釣れないときもある。

それを思えば、鮎ルアーをひく時間なんて、忍耐の内に入らない。

一時間も引いていれば、いや、30分も引いていれば釣れるだろう!そう思って悠然と構えて、この鮎ルアーの準備をした。

鮎釣りも終盤のこの時期、上の人も下の人も、ほとんど、釣り人の竿は立っていなかった。

鮎ルアーを使う上で、最も重要なのは、上下500mの間に、鮎が必ずいるという、ピンポイントを見つけることである。これは、長年の感しかない。長年鮎を釣っていれば、難しいことではない。

私は、いきなり瀬の中心、すなわち最も川の流れの速いところに、この鮎ルアーを沈めた。2分か3分。 早くも、20cm位の鮎が掛かったのである。生きたオトリと違って、掛かった瞬間の当たりは、微妙に違う。

生きたオトリが無いだけに、掛かった鮎の動きが、大きく、直接的に竿にそして、手に響いてくるのである。つまり、竿の振動が、アトリ鮎がいる時の2倍位強い振動が手に伝わってくるのである。

200m位上で釣っていた人が、降りてきて、不思議そうに私の鮎ルアーをみて、これで釣ったんですか?釣れるんですか? 私は、天然オトリを付けて、もう二時間も全然釣れないのに、こんなのでよく釣れますね!

いろいろ聴いてどうも腑に落ちないと見えて、釣れた鮎を見て、本当だ!!釣れるんですね!!しかも、背ガカリだ! といって、感心していた。

また、これでやられたらいかかですか? といってくれたが、これでたくさん釣る気にはなれない。(^_^) 

このオトリが、再び天然遡上の鮎を釣れてくるのに長い時間はかからなかった。

参考にして下さい。

Point1: 瀬の中で、間違いなく鮎がいると思われるPointに鮎を沈める     こと。緩やかな流れは、避ける。流れが強い程良い。

   2:鮎ルアーを、じっと固定ぜずに、すこし、水底から少し上に浮かせ、また沈める行 為を繰り返す。これにより、野鮎を挑発することが、重要と思われる。

   3:鮎ルア-は、水中では、頭が底に着いているが、尾の部分は水底から少し上に位置しているため、掛け針は、水底から浮くので、鉤は、錨の重いもので、ハリスは短めにする。(写真は、長めだが、実際は、もっと短めがよい)

とりわけ、瀬に鮎がいれば、生きたオトリと、鮎ルアーでは、大きな差はない。

ぜひ、ご確認ください。弱った生きたオトリより、こっちの方が、良い、結果が出ることもあります。

鮎ルアーで釣るのも、また独特の趣があるものです。

遠方に遠征するときには、私は、常に、「鮎の毛鉤」と「鮎ルアー」を忍ばせている。これが、実は、驚異的な好結果を生むことがあるから不思議だ。

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2007年10月13日 (土)

10/13 富士川で友釣り

Dscn0155_2

  友人に誘われて、富士川に行ってきた。

すでに、景色は、秋の気配。朝は、寒く、気温は、一日中涼しかった。

10月13日 だというのに、まだ、鮎の友釣りをたのしめるというのは、驚きでもある。

この時期の釣り人は、腕に自信のある、鮎釣りの名手が多い。

003_2

川の中を覗くと、ハミ跡が、随所に見え、鮎はいるらしい。オトリ屋は、午後3時から釣れるよ! と教えてくれたが、それまで待つわけにもいかず、竿を出す。

今は、卵を持っているので、瀞場を狙う人が多かった。

私は、瀬を狙った。  しばらくして掛かった!その瞬間、何回鮎釣りをしていても、最初の鮎が掛かった瞬間は、一気に緊張する。

今まで長い間、濁っていたらしく、川の石には、泥が被り白っぽくなっていた。釣れてきた鮎も白かった。

東北の方は、すでに産卵を終えているだろうに、ここでは、まだ追ってくる。ただし、大きな鮎は、下流に下り産卵体制に入ったのか、釣れない。

天然遡上の鮎達が、その美しい姿を見せてくれた。

(写真:一度、冷凍にしかけたものを撮影したため白くなった)Dscn0156

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2007年10月12日 (金)

千曲川:恐ろしい十字ブロックのセキで、鮎釣り人、死者

千曲川(佐久)で、死者が出た(昨年と同じ場所で今年も)

私は軽井沢で、知人の別荘に招待されていた。10人ほど集まるというので、生きた鮎を釣って持っていき、庭先で、焼くことにしてみんなに喜んで貰おうと思って、前日、軽井沢に最も近い千曲川に行くことにした。

しかし、千曲川での釣りは皆無であったから、どこが良いのかも判らない。軽井沢から近い佐久あたりを選んだ。

臼田橋下から入ったが、全く掛からなかった。そこから下に移動していると、監視員が来て、網の入っていないあの辺が良いよ!といってくれた。野沢橋の上。恐ろしい十字ブロックのセキの少し上あたり。

午前中は、0。その後も、追いが悪いのか、鮎が少ないのか、大苦戦した。夕方までに、9匹を釣るのが、やっとだった。

30匹も釣ったんでは、全部生かして持っていくのは無理だから。冷凍の鮎も持ってきているので....。まー生かして持っていくには、少ない方が良いな-。我慢しよう!

私の下流300m位のところで、水死。

夕方、私の頭の上で、ヘリコプターがブンブンとうるさく飛んでいた。

じつは、このとき、私の少し下流で、同じ日に、、鮎の釣り人が、亡くなったということを、旅館に帰ってTVを見て、初めて知った。

多摩方面から来た40才位の方だという。

十字ブロックのセキ に吸い込まれたら、絶対助からない!!

千曲川 佐久地方 臼田橋と野沢橋の間

に、恐ろしい十字ブロックのセキがある。

ここで、昨年、一人鮎釣り人が、滑って、吸い込まれて亡くなっている。

今年もまた、同じ場所で、吸い込まれて亡くなった。私が釣っていたすぐ下で。

今年は、十字ブロックのセキの上の浅いところを、横切ろうとして、吸い込まれて亡くなったらしい。

十字ブロックのセキというのは、重い土砂を貯めて、水だけを細い隙間から流す仕組みだ。

従って、その十字ブロックのセキ上の流れは浅く緩やかでも、その隙間の流通速度は、もの凄く早い。それに吸い込まれたら、助かるすべは絶対にない

昨年は、吸い込まれた人の遺体の場所を見つけるのに、夜遅くまでかかったと、宿の人が語ってくれた。

陸の上には、立て看板くらいの注意書きはあるのだろうが、川に入っている釣り人は、わざわざ、土手の上に上がって、それを見ることをしない。しかも、そこのエリアの川の中に、立入禁止の黙視できる赤いテープ等も無いと思われた。

いまでも、数万人が訪れる千曲川に、こんな恐ろしい“十字ブロックのセキ”現実にあるから怖い。

更に、野沢橋の上だけでなく、他にもこのような、恐ろしい“十字ブロックのセキ”あるのかもしれない。

漁協だけでなく、河川管理者の国土交通省も、無放任状態が現実である。

ましてや、鮎釣りは、川の上下を動いたり、川の左右を動くことがあっても、釣っている間は、土手の上の看板を見ることはほとんどないであろう 

      

私のすぐ下流で、あり地獄のような、恐ろしい“十字ブロックのセキ”があろうとは、知る由もなかった。            2007.7.14

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2007年10月 1日 (月)

球磨川(3)の大鮎

球磨川(3)樫の木の瀬

9/18 九州といえども、さすがに朝晩は冷えてきた。

ここは、昨日の二股の瀬の少し上流にあたる。

田村の真ちゃんが紹介をしてくれた場所である。

左岸川の道路から見ると、この辺りは、川幅は狭く、青い不気味な大トロの連続である。

大トロと大トロの間に、短い瀬らしきものがある。

球磨川の代表的な川の淵かも知れない。

 その淵を見ると、何とも不気味な気配を感じる。

津本 陽 の小説に「深重の海」という和歌山の太地が舞台の作品があったが、まさに、ここは深重の淵ともいうべき、何とも形容しがたい重苦しい淵である。川底には、魔物でも住んでいそうな予感がする。そんな気がする「樫の木の瀬」である。

「カシノキの瀬」

すでに、地元の人が二人入っていた。この辺りは、鮎の数釣りの場所ではない。しかし、不気味な川相で大鮎の匂いがする。

私と、仲間2人が、ここに入るには、少し狭すぎる気がした。それでも、断りに言って、入ることにした。今日が最後の釣りだから、先客に、“すみません、2時間か3時間釣らせて下さい!“

すると、“この下で釣りなさい!“という。

私は、一目見て、この下の瀬は、上下300mの間で、最高のポイントに見えた。大鮎のいる予感がする。

地元の人は、私の身なりを見て、遠方からこの球磨川に釣りに来たというのがすぐ判ったようで、自分の場所を空けて、ここで釣りなさいと言ってくれた。

なんと寛大な人だろうか。

球磨川では、どこに行っても、釣り人におおらかで、情の深さを感じた。

彼は、私にどんな仕掛けで釣るのか、“見せてくれ“と言う。

ここにくる多くの人は、細い仕掛けで、大鮎を掛けては、糸を切られているのを何度も見てきたらしい、そのため、私にアドバイスをしたかったらしいのである。

私は、川を見て、「糸 1.5号  錘 8号」にし、鉤はヤナギ仕掛けを示すと、地元の人は、何も言わなかった。

このヤナギ仕掛け、先日関東方面から来た人もこれを使っていたという。

珍しそうな目で見ているから、昨夜作った、私の仕掛けを少し差し上げた。

釣り開始 10:30am

大鮎のいそうな所に、初めてオトリを入れた。

昨日の二股の瀬は、本州のどこにでもあるような瀬であったが、ここカシノキの瀬には、不気味な得体の知れない何かが潜んでいるような薄気味の悪さがそこにあった。

今回、五ヶ瀬川で、27.5cmの鮎を私は釣っているから、それ以上の鮎を釣りたかった。

そのため、最終日の今日は大鮎のいそうなだけに、私の五感を働かせ、釣り場を絞って場所を選んだ。そこが、さきほどの地元の人が譲ってくれた場所である。

糸を切られることのないように、糸は、1.5号である。最後の日の大鮎一発狙いである。

11:00am

昨日同様に水温が上昇してきた。

大トロと大トロの間の短い瀬をオトリを沈めた。私のすぐ上で、地元の人が竿を出している。私の釣り方を、お手並み拝見と見ているのかも知れない。川幅は狭いが、底流れが結構強い。

オトリを弱らないうちに、1匹野鮎を釣りたい。

12:00pm ころ 待望の鮎が掛かる。慎重に取り込む。掛かった瞬間に大鮎の気配はなかったが、それでも、24cm。ここでは、小さい方であろう。

今日の狙いからすれば、小さい。

それでも、待望の1匹がかかり、野鮎のオトリが取れたことに満足する。すぐ上の地元の人も、嬉しそうに白い歯を見せてくれた。   

(続)

(その2)

今釣れた、鮎をおとりにして、大鮎がいそうなところに、8号の錘で沈めた。

野鮎を沈めて、しばらく立って、「ガツン」という鮎の大きな当たりがあり、竿を持つ手に大きな響きがあった。

 しかし、その後、軽くなり、静かになった。全く動きがない。“おかしい”

“何か変だ”

今のガツンで逆さバリでも外れているのかもしれない!そんな予感がしたので、おとり鮎を手元まで寄せて確認した。

「鉤が見事に折れていた!!」

本州では、普通の鉤でも折れるということは滅多になかった。しかも今回は、大鮎用の太軸の鉤である。これを折るというのは、並大抵の力ではない。

悔しいが、「ヤナギの10号の元バリが見事に折れていた」

やはり、大きいのがいるのだ。

 興奮の余韻を残しながら、再び、果敢に、挑戦してみた。しかし、その後は、全く当たりが無くなった。

13:00

残り時間も後1時間である。

当たりが無くなった。ここで、球磨川用に作った新しい鉤を頻繁に変えることにした。

 球磨川下りの「フナ下り」が通る川の流芯に、野鮎の24cmをオトリとして、沈めた。オトリもかなり弱っていたので、この流芯では、20分は持たない気がした。

 悲観的なことを考えていると、待ちに待った「当たりが来た!!」

「ググ-」 何か大きなゴミでも引っかかったような、重い引きが最初にあった。

そして間髪を入れず「竿を一気に絞り込んだ!」

 その瞬間、道糸が空気を劈き「ビュウ-ン」という糸鳴りがした。竿が、満月のように全体を大きくしなっている。

 今までに経験したことのない大きな引きである。

カカリ鮎を溜める余裕など全く無い。それほど、鮎が大きく力図よく下に引っ張るのである。腰まで川の中に立ち込んでいる私を、鮎が強引に下へ引きずっているかのようであった。

 千載一遇のチャンスであるから、最後は、どこまでも流れに乗って、下の淵まで泳いでいく覚悟をした。

 途中滑って転ぶと、体全体が、すっぽり埋まってしまった。しかし、竿だけは、伸ばされないように、辛うじて立てていた。

 次の石を跨いで下に立とうとしたら、石の下は、2m位の深さで、再び、頭まで潜りながら、ようやく下の淵まで落とし込んだ。私は、竿を撓らせたまま、少し落ち着くことにした。

 カカリ鮎は、なんと荒瀬の流芯の反対側の深い淵にいるようである。竿の操作でこちら側に寄ってくる気配は全くない。引っ張って、少しこっちに来るが、その後は、一気に自分の住処に一直線である。

 根ガカリでもしたかのように、微動だにしない。

 道糸は、1.5号。切られる心配はない。かえって、無理に引っ張って、ばれたら大変だ。あるいは、更に引っ張られ。下の淵まで引き込まれたら、多分、持たない気がした。(仮に、更に下の淵まで下るなら、竿を立てながら、意地でも、泳いで下る覚悟だった)

 幸い、鮎は、青くて深い深重の淵にじっとしている。時々、ゴツゴツという感触が伝わってくるから、まだ、鮎が掛かっているのは、間違いない。あとは、じっくり時間をかけて、球磨川の鮎を待つことにした。

 とにかく、荒瀬のこっちに、野鮎を釣れてくるのが、一苦労である。

 ようやく、流芯を越えて、鮎はこっちに来てくれた。しかし、私の竿はまだ大きく曲がったままである。鮎とのやりとりが、非常に長く感じられたが、観念したのか、ようやく私のタモの中に収まった。

 30cm に少し足りない 29cmであった。

ここに来る前に、五ヶ瀬川で釣ってきたが、27.5cmが最長であった。五ヶ瀬川の鮎は、「鶴の瀬」の鮎といえども、実にスマートで、幅はない。

球磨川の鮎の幅が、実に大きい。大きな引きは、鮎のこの幅からくるのであろう。

「すさまじい鮎」

 私は球磨川の鮎を取り込んだとき、大きいというより、すさまじい鮎、これが鮎かと思った。面魂が、すごい。

 背中の背鰭が、他の釣り人がかけたのだが、瀬が借りから逃げ延びた時に傷を付けたに違いない。背鰭の部分が、赤く、痛々しかった。

 その傷の跡から、かなり前の傷である。私が先ほど、鉤を折られ逃げられた鮎とは違うようである。

 球磨川には、このような面魂の鮎が、たくさんいるに違いない。

「球磨川下りの船」

 大鮎を取り込んで、喜びに浸っていると、球磨川下りの船が、すぐ目の前を、流れすぎてゆく。

 私が大鮎を格闘しているとき、この船が来ていたら、私はこっち、鮎は対岸だから、完全に糸が切られていたに違いない。

 幸い、樫の木の瀬の宴はすでに終わっていた。

 船下りの人は私がすぐ目の前に立っていたので笑顔を見せながら、手を振ってくれた。すぐに、私は、指でVマ-クを頭の上に突きだした。

先ほどまで、その船の下で、球磨川の主のような大鮎とのやりとりがあったことなど、観光客はもちろん知る由もない。船は、あっという間に、真ん中の激流を下っていった。

船が去った後、再びその淵は、深重の海のように青黒く、不気味な様相を呈して静寂に覆われていった。            球磨川の鮎「樫の木の瀬」 完

大きな感動を与えてくれた球磨川に感謝。

場所を空けてくれた、地元の甲斐さん ありがとう。

田村の真ちゃん ありがとう!

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