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2007年9月

2007年9月30日 (日)

『見釣り』

「鮎が見える」

東北の小さい川では、天然遡上の鮎が多い。

そんな鮎達を見ているだけでも、安らぎを感じるのは、私だけであろうか。

水深1.5m位で底はみえない小さな淵のカケ上がりで、鮎の毛鉤釣りをしていた。

すぐその下の浅瀬に多数の鮎が、群れて遊んでいるのがよく見える。20cm位のも見える。

その鮎を見ようと、竿をそっと置き,5Mほど下の鮎達を眺めることにした。

抜き足差し足で静かに川に入ったつもりでも、私の姿というより、水の音で、ほとんど鮎は散ってしまった。

じっとしていると、またそこに、多数の鮎達が、戻ってくるのにそれほど時間はかからなかった。再びそこで、鮎達の遊びが始まった。

じっと観察をしていると、面白いことに気が付いた。小さな鮎と、大きな鮎では、大きな鮎の方が、その縄張り面積がはるかに大きい!

この鮎に、おとり鮎を入れたら、釣れるだろうが、見える鮎を釣るのは、少しかわいそうな気もしたが、好奇心から友釣の用意をして、遊ぶことにした。

「見釣り」

見える鮎を、見ながら釣るのを、見釣りという。

この見える鮎を釣るために、おとり鮎を、下から静かに上に誘導したつもりだが、鮎達はことごとく、逃げてしまった。

鮎達が戻ってくるのを見てから、再び、オトリを下流から上に静かにジリジリあげ始めた。

しかし、おとり鮎が、あの大きな鮎の縄張りに、ヨタヨタと入った瞬間、その近くにいた鮎達は、なぜか、みんな逃げてしまっていた。

何度も、下流から上に泳がせるように、繰り返した。

実は、鉤掛かりする瞬間をみたかったのである。

大きな野鮎の動きは、実に早い。私のオトリは、3本の鉤を引っ張り、水の抵抗を受けながら糸を引っ張っているので、尻尾を振っているのだが、その動きは遅々として進まない。ようやく、野鮎の縄張りの場所まで、ヨタヨタと上がってきたのがよく見える。

そこには、野鮎は見えない。

しかし、いないはずのその野鮎の縄張り付近で、一瞬、私のオトリが、キラッと、白い腹を見せた。

と思ったら、一気に上に引っ張られていった。野鮎がかかった瞬間である! 

どこから、きたのだろうか?オトリ鮎の下流から、もの凄い速さで、野鮎が体当たりをしたに違いない。

大きな野鮎は、鉤掛かりしても、自分の体制を崩さずに、一気に、垂直に上流に泳いでいったので、白い腹を見せることもなければ、その姿すら見せることはなかった。

掛かった瞬間を見たかったのだが、野鮎のあまりの速さに、驚いた。

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                           2007.7.31

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2007年9月25日 (火)

真瀬川と荒虎(1)

(1) 真瀬川の解禁日。地元の多くの人が、この日を待ちに待ってた。

漁協から見下ろす川には、大勢の人が、竿を出している。下流で友釣りをしている人もいるが、ほとんどは、鮎の毛鉤釣りである。周りには、夫婦連れもいて、奥さんが釣れると、キャ-キャーいいながら、釣れた鮎を、頭の上にぶらぶらして取り込み、再び、竿を降ろすと、また、キャーキャー言っては、空中に鮎をぶらぶらさせながら、大騒ぎである。さながら祭りの縁日にも似て、だれの顔も、笑顔である。

そんな中で、初めて「鮎の毛鉤釣り」をしたという奥さんが、一際目立つし、よくかかるのである。

それもそのはず、ご主人が、毎年ここに来て、どの鉤がかかるかは、百も承知だ。その鉤を奥さんに、そっと付けて釣らせるものだから、その奥さんの鉤にメチャクチャかかる。そのたびに黄色い声が辺りにキャーキャー響きわたる。賑やかなことこの上ない。もちろん、主人よりも遙かに釣る。

その騒ぎに、つられて川のすぐ上に、漁協の小屋があり、そこから数人の組合員が、解禁祝いの酒を飲んで、赤い顔をだし窓越しに、下の夫婦連れに声をかけた。

”おーい、父ちゃん、がんばれよ-!” (^_^) 

  そんな中で、どんなに鉤を代えても鮎が見向きもしない釣り人が一人ポツンと竿を上げ下げしていた。すると、見るに見かねて私の背中から背の高い紳士(元、地元の校長先生)が、”この鉤を使ってみなさい!”

といって、私に渡してくれた。

その鉤を見ると、今まで見たことのない鉤である。

私は、お礼を言いながら、その鉤をじっと見ると、虎のような縞模様で、やや大きめの鉤である。かなり使い古したその鉤に、まだ不安を抱きながら、そっと、水に沈めると、今まで私には見向きもしなかった鮎達が、突然、狂ったように食い付きだした。、それは、驚喜に満ちた一種の錯乱状態でもあった。後で聴いたところ、この鉤は「荒虎」だという。今は亡き「国柄さん」が、差し出した鉤がそれである。

その後も、私が秋田に釣りに行くと、いつも国柄さんは、空港まで迎えに来てくれて、八森町までの道すがら、川があれば、車を止めて、”ここは、水沢川だよ!” と。橋の上から、私にそこの川の鮎の説明をするのが楽しみのようであった。そして、夜はいつもご自宅でご馳走になり、夜遅くまで、鮎釣りの話に夢中で話が尽きなかった。

 その中で、いつも奇異に感じた言葉がある。

(2) 鮎が ”つく” という。

鮎が毛鉤に食い付くことを、国柄さんは”つく” というのである。

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ついた、つかない、というのは、どうも聞き慣れない言葉であった。鮎が鉤に食い付くことを、”つく”という。 食い付く、ことを、略して、”つく” というのかもしれない。

(写真:在りし日の国柄さん  真瀬川にて)

ここ八森町は秋田とはいえ、青森県の県境にあり、言語学的には、津軽との影響は皆無ではなかろう。そう思えば、思い当たる節がある。

先日、米代川で会った友人との会話で、こんな話を聞いた。津軽弁で、「ど さ?」 というのは、「どこさ行く?」という意味とのこと。つまり、言語の省略化である。寒い極寒の地では時として、口を大きく開けて話すよりは、口はあまり開かず、言語は、極力簡素化する方が、合理的である。そう思えば、鮎が、鉤に「食い付く」 より 「付く」というほうが、省略されていて、合理的ではある。たぶんそうにちがいない、と、一人決め込んでいる。しかし、真偽のほどは、定かではない。 

もしかしたら、鮎が一番”つく”鉤を、天国に持っていって、夏には、竿を出しているのだはなかろうか。

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2007年9月21日 (金)

ブログ を始めました。

今までの、「思いでの鮎釣り紀行」や「最近の鮎釣り」記事を、載せていく予定です。

ただし、私の意図とは別の広告(Sponserd Link)が載ってますが、お見苦しいとは思いますが、お許し下さい。

また、コメント等の対応が、、不慣れなため当分控えさせていただきますので、ご了承下さい。m(_ _)m

記事を載せたときには、左上のカレンダーが、赤くなります。                      Tahki

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2007年9月18日 (火)

鮎の毛鉤釣り

友釣りもそろそろ終わりつつある。しかし、鮎の毛鉤釣りは、釣る時期が長い。これから鮎の毛鉤釣りの到来と思っている方もいる。

鮎の毛鉤釣りについて、過去の自分の釣行記をここのHPで整理しながら、少しずつ記したい。

補足:

10月以降~春までに、下記の文献から、鮎の毛鉤釣りの古典を少しひもとき、ご紹介しながら、昔の釣り師の悩みもここで探ってみることにする。

文献目録(私がこれまで、神保町で買い集めた鮎の毛鉤釣りに関する文献)

「鮎を釣るまで」  藤田 栄吉  昭和 7年  発行

「鮎釣り読本」   岡部 丹虹  昭和 9年  発行

「あゆつり」    魚住 清適   昭和 9年  発行 

「毛鉤の話」    福田 紫汀   昭和48年 発行  等

昔は、鮎釣りといえば、すべて、「毛鉤釣り」 を指していた。

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