2019年 7月 モンゴル草原の乗馬

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熱帯夜の続く東京から、モンゴルに飛んだ。首都ウランバ-トルの

夏は涼しく夜は寒い。

標高1350m の高地で、しかも緯度は樺太と同じ位置。

草原のゲルは快適であった。

 国分寺三田会で、私が「草原の乗馬の素晴らしさ」という題で

講演をした後、ぜひモンゴルにいって乗馬をしてみたいという4

の仲間が私と同行することになった。

 私もこの機会を逃すと一生モンゴルなどには行けないかもしれ

ない!と、言って勧誘した。

 仲間は想像以上に、草原の世界に順応していったので、嬉しかった。

 乗馬も、初心者ながら、みんなうまく乗りこなしていた。

運動神経が良いのだろう。

全員最後には、「ギャロップ」の領域にまで達していた。

思い出深い草原の乗馬を満喫していた。

私も草原の風に当たりながら緑の絨毯の上を馬で疾走する快感

は形容しがたい。

これからも夏のモンゴルは可能な限り、訪れて緑の草原を駆け

てみたい。

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2019年5月 5日 (日)

久しぶりのテニス

「ヤナギテニススクール」三鷹台

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ここでテニスをしたのは30年前頃だろうか。

長い連休の間、5回ほど運動不足の解消にここを訪れた。

当時の若いコーチ二人は、既に他界して、今は、柳先生

のお弟子さんに指導してもらった。

 これからも、膝、肩を労りながら時々訪れ無理をせず

「健康テニス」に徹したい。

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2019年2月21日 (木)

鹿児島県 錦江湾に「真鯛」 大集合

 

 

 

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鹿児島県 錦江湾に「真鯛」が大集合する時期がある。

昨年に続き渡辺名人に誘われて、今年も訪れた。

桜島を左に見て、外界に向かう。すると、錦江湾の出口

近くに付くと、美しいコニーデ型の「開聞岳」が

見えてきた。

 船縁から釣りイトを流し始めて、しばらくすると、

最初の真鯛が顔を見せてくれた。

 そして、その後は、一定の間隔で大きなタイばかりが

釣れてきた。

 なんと、3人で釣った大鯛が150L入りの大型ク-ラ

-、二日間で満タンである。

渡辺洋文さんに感謝!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年1月 6日 (日)

国際奉仕活動に一区切り

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42歳で「東京新宿ライオンズクラブ」に入会し、その後、

 60歳から「東京お茶の水ロータリークラブ」に在籍して

  通算約30年間国際奉仕活動の団体に所属。

 

 このたび、一区切りをすることになりました。

 この間、活動の機会を与えていただいたことに感謝申し

上げます。

 今後は可能な範囲での奉仕活動を継続していくつもりです。

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2018年9月24日 (月)

蒙古秘境探検隊「第二幕」

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ノモンハンの激戦地の慰霊を終えて更に

170K 中国国境に向かう。

行けども行けども360度 地平線ばかり。

事前許可を得てようやく中国国境近くの立ち入り

禁止区域に到着。

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「ノモン川」が平原の真ん中を蛇行しながら流れ

ている。

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国境警備隊以外はここに来ることはない。軍隊の

8輪駆動の車が警備に来るため

道はある。

私達はこの急勾配を降りたのだが、帰りの登りが

雨の後4輪駆動でも登り切れず

大変なことになるとは知らずに...。

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到着しテント設営後星空の下での夕食である。

 

夕食後、釣り開始。最長老の私に最初の大物が釣

れた。

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ノーザンンパイク。1m位の大物だ。 重い!!

翌朝は、晴れ。今日から本格的な釣り。

既に400AM には、各々が釣り場に向かう。

皆それぞれに大きな魚を釣ってきた。私も歩いて

20分。釣った魚を重くて持ち帰れないので

リリ-ス。

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                         (続く)

 

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2018年9月23日 (日)

ノモンハン事件 慰霊

蒙古秘境探検隊  「第一幕」

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ノモンハンの慰霊を兼ねて、秘境で釣りをするため

仲間達とモンゴル ULBまで来た。

ULBから1000km, 国内便に乗換えてのノモンハン

近くに向かう。日本人20,000人の戦没者慰霊を行い

その後、中国国境近くの大平原の国立公園に入る。

貴重な動物と幻の魚イトウ 釣りに挑戦。

ULBから1000km, 国内便に乗換えてのノモンハ

ン近くに向かう。日本人20,000人の戦没者慰霊

を行いその後、中国国境近くの大平原の国立公園

に入る。貴重な動物と幻の魚イトウ 釣りに挑戦。

辺境の地 大平原は 行けども行けども360 地平線

を遮るものはない! 遊牧民もいない!

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 ULBから700KM。国内便でチョイバルサンに着く。

 ここから更に悪路を360km,国境に向かってひたすら走

り続ける。

これより国境警備隊管轄下

立入禁止区域。事前申請許可を得ているので

更に奥地へ進む。

 

ノモンハンの激戦地に到着!

[ ハルハ川 ] が見えてきた。 ここでは

ハルハ河戦争 と呼ばれている。 4ケ月で

日本兵 20,000人の死者。ソ連、モンゴル側

25,000人。

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ソ連軍側の巨大な慰霊碑。

 

その下に、日本人の小さな慰霊碑があった。約二万人の

日本人の英霊が、この小さな碑の下で眠っている。

ここに花、線香、日本酒を捧げ全員で合掌する。

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日本兵の鉄兜。銃弾が貫通していた。これはおそらく

機銃掃射か至近距離からの銃撃の痕であり、即死だっ

たことだろう。ここの小さなハルハ河の国境線争奪で日

本兵2万人、ソ連蒙古 25千人の死者。日本兵は日

露戦争と同じ「旧式銃による歩兵の白兵戦」、一方ソ連

軍は大量の戦車を中心とする機動部隊の戦い。

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モンゴル側の慰霊はマギ-が読経する。

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続いて、日本人による慰霊。黙祷に続いて般若心

経を読経する。モンゴル人のアンハ-も一緒に経典を

読み一緒に合掌してくれる。今なお、激戦地の方方に遺骨が

かなり埋もれたままだ。

 

飛行機や戦車が散見される。更に奥に立ち入ることは

危険であるのでこれ以上進入しないことにした。今なお

不発弾もかなりあるという。

 

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ロシア軍の軽戦車

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ロシア軍 の戦車  時速50K の高速戦車

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日本軍の飛行機

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大きなソ連軍の慰霊碑(今は戦勝記念碑と呼ばれている)

その下に小さな日本軍の碑があった。

「レミゾフ高地 戦没者諸英霊

 歩兵第64連隊 第二大隊」  と記されていた。

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ソ蒙軍の戦勝記念碑に、いまなお、ロシア軍の慰霊

に訪れる人が多い。この慰霊団の一人は、ここで二人

の兄を失ったと言っていた。定期的に、清掃や柵の塗

装などに来ていると聞く。戦争の傷跡は消えることはない。

 ここノモンハンまで慰霊に来る日本人は、今 民間人で

はほとんどない!という。

 私達一同は多くの英霊達に心から安らかに眠ってもら

うように手を合わせた。

 

ソ連軍を過小評価した関東軍。その代償は4ケ月間で

2万人の兵士が殺された。前線での実質的な支配者 

辻政信少佐は第一線の将校に自決を迫り、自分は責

任を逃れ、その後インパール作戦の参謀として後援の

食料、弾薬なしでここでも 多くの兵士を餓死させている。

 

 勇猛果敢に戦っていった日本の兵士。

 頑強な戦車を有するソ連軍にもかかわらず 25,000

人もの死者を出したことは、白兵戦による日本兵の勇猛

果敢な戦いがうかがい知れる。

 戦争への憤りと同時に御国のために死んでいった英

霊に改めて手を合わせる。

この秘境とも言うべきノモンハン。日本から2,000km。

ウランバ-トルから1,000km。

今回の慰霊は、モンゴルのバギ-、アンハ-、ゴンチャ

ンそして他のモンゴルの友人達の協力無しには達成で

きなかった。

 心から御礼申しあげます。

 また、今回の慰霊祭に参加してくれた渡辺さん、山下

さん、川口さん、柴田夫妻 に感謝致します

 

                       第一幕 (完)

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2018年8月16日 (木)

ノモンハン事件から80年

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(本書はロシア軍の従軍記者が書いた翻訳

本であり、日本軍礼賛は全くない)参考文献。

狂気の大東亜戦争への出発点は「ノモンハン

事件」に端を発する!

無能で無責任な日本軍の首脳部

勇猛果敢な第一線の兵士達。

1939年わずか4ケ期間で約20,000人の死者

を出した。

その後、現地の将校に自決をさせ、もっとも責

を取らなければならない第一線の指揮者 

政信は、逃避。軍服を着た悪魔とある作家は書

いている。

その後、日本の首脳部では、帰国したノモンハ

事件の大敗北は一切話さないようにと箝口令

を敷いた日本陸軍首脳部。

この敗北で日本の軍首脳部は、「北」への侵略

断念。

 さらなる大悲劇となる「南方への進出」に

転換した。

悪夢の大東亜戦争への出発点はこのノモンハ

事件に端を発する。

200万人〜300万人の死者を出した狂気の

東亜戦争から、73年。

無能で無責任な日本軍の首脳部に怒り。

勇猛果敢な第一線の兵士達に合掌。

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作家 半藤一利の筆が冴える。日本軍首脳部の暗部

を鋭く抉っている。

 著者は煮えたぎる怒りを押し殺して書いていったに

違いない!

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2018年8月 5日 (日)

大草原を駆ける

2018.7 モンゴルの草原に行ってきた。

何度目か数え切れない。 

草原の乗馬は、快適である。

https://www.youtube.com/embed/DjEd50-tBYI?rel=0

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寒いモンゴルの避暑地

2018.7.14  今年もモンゴルの草原を訪れた。

日本が連日、 38度の猛暑が続いていた。

 しかし、モンゴルは、「16度」と涼しい!

朝は霧が立ちこめて、寒い。

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 今回の草原は 海抜1800m 緯度は、

北海道の北樺太あたり。

 最高の避暑地である。

 ここは、ULBから、北東約150km位。

 

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草原のオ-ロラ?

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2018年5月18日 (金)

幻の魚 イトウ釣り  探検隊

(写真 再掲)

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2017年9月 イトウ釣り探検隊  現地の名案内ガイ

ドはバギー、アンハ-。秘境での釣りを堪能できた

のもこの二人のお陰でした。 2018年9月は、今も

ほとんど人のいない「ノモンハン事件」で有名なモン

ゴル.中国、そしてロシア国境附近の探検の事前打

ち合わせを行った。 

九州からわざわざ、渡辺さんさんが上京してくれた。 

二次会は、ワインバ-で盛り上がった!今年も

イトウ(Mongolian Taimen)と対面できますように!

昨年のイトウ釣り探検隊。

現地の仲間達と。

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