2009年5月28日 (木)

狩野川の鮎 5月23日

狩野川で「友釣り」をするのは、いったい何年ぶりだろうか?

 それほど遠い昔になる。今回は、通常、麗照院と呼ばれる淵の上(月ケ瀬)の瀬で竿を出した。

朝六時には、右岸側にはびっしり人が立ちつくしていたが、幸い左岸側には誰もいない。

 理由は、足場が悪いからだ。

しかし、足場の悪い左岸の積み石の上に座りながら、9mの竿を6.5m位に畳んで、すぐ目の前の石を探りながら釣り始めた。

 すぐに、16cm位の鮎が顔を見せてくれた。それから、6匹連続で竿をしならせ、久しぶりに狩野川の友釣りに満足できた。

 

 釣れた鮎は、ほとんど成魚放流の鮎だが、鏡のような淵の際には、5cm位の天然遡上の鮎がたくさん泳いでいた。

 鮎の成長は早い。

 夏には、きっと、狩野川の麗しい鮎になるに違いない。

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2009年5月26日 (火)

興津川の鮎 (2009年5月20日)

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「興津川のお祭」

2009.5.20 深夜二時に家を出て、朝四時半に興津川に着いた。

しかし、友釣りに入る場所は既にない。全く釣れそうにもないところですら人が立っている。今日は関東で一番早い鮎釣りの解禁河川 興津川のお祭りだ。駐車場には、青森、群馬、栃木、岐阜のナンバーもある。

「どぶ釣り」

 やむを得ず「稲荷淵」と呼ばれる右岸に入り、どぶ釣りに興ずることにした。友釣りもどぶ釣りも鮎釣りの一手法に変わりはない。

 鮎の毛針を沈めてしばらくすると、鮎独特の当たりがあった。竿先をかすかに震わせるようなか細い動きだ。その瞬間竿先をピタリと止めた。

数秒後、竿の穂先を一気に水の中に突っ込み始めた。鮎独特の当たりである。

音楽に喩えるなら、最初の第一楽章は、実に静かな旋律でゆったりとしていて、次第に第3楽章、第4楽章に入ると実に激しく天地をひっくり返すような音が支配する交響曲のそれに鮎の引きが似ている。

どぶ釣りの鮎の引きは、まさに交響曲の旋律そのものに思えてならない。

「興津川の鮎の香り」

興津川の鮎は、良質の苔をはんでいるから肌がツルツルしていて、香りが非常に強い。鮎は、鮎の肌と香りで評価されるが、興津川の鮎は素晴らしい。

友釣り」

午後三時頃になると、あれほどいた人もほとんどいなくなった。

釣れないからだ。

おもむろに、友釣りの支度に切り替えて川に入る。今年は、鮎は少ないものの興津川で竿を出せることに満足である。

5/20といえば、私の故郷阿賀野川では、山菜が出て、ようやく山々の木々が芽吹いた頃だ。鮎の遡上は、勿論6月に入って本格的になる。

たとえ、放流鮎とはいえ、興津川では、釣り人に鮎釣りを楽しませてくれる。ありがたいことだ。

小さな川の興津川。山々は、緑色で、川の周辺には摘み終えたお茶畑があり、新緑の柔らかそうなお茶の葉が目に眩しい。

竿を出している背中から、カジカの鳴き声が川一面に響きわたっている。

釣り人がほとんどいなくなったせいで、ようやくカジカも石の下から出てきたらしい。

背中のカジカを振り返り目で追うが、華麗な鳴き声だけで、姿は見つからない。すると、竿先の方からも大きなカジカの鳴き声も加わり、さらに対岸の下からも数匹のカジカの大コーラスが響きわたっている。

目には美しい清流が飛び込み、目と耳からそして手からは鮎の感触が伝わってくる。ここは、まさに幽玄の境地に他ならない。

“もしかしたらここは天国の川かもしれない!”

興津川に感謝!

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興津川は、天国の川?

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2008年10月 6日 (月)

10月6日 の相模川 

Dscn0304_2 東北の鮎は、もう産卵も既に終わり、新しい鮎の生命が誕生しているというのに、ここ関東 相模川では、最後の鮎釣りを楽しんでいる人たちが、解禁日のように立ち並んでいる。

私も、ここから下流2kmくらいの所で竿を出した。14匹釣ったが、まだ、鮎の肌に黒さはない。、大きい鮎は既に落ちて、小さな天然遡上の鮎達が、まだあちらこちらにキラキラしていた。

ここ相模川は、普段足を向けることはほとんどない。

 しかし、秋の気配が漂い、どこの川も、終わる頃、俄然人気が出てくるのが、この相模川である。

ありがたい川である!

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2008年10月 1日 (水)

最上川 萩の花散る

2008.9.19(金)台風接近

台風接近に、九州、東海が大雨になるとTVは報じている。

 最後の鮎釣りをしようと思って、雨の心配がなさそうな新潟、山形方面に車で向かうことにした。

信濃川

昼頃、信濃川に着き、オトリ屋によると、支流の破魔川で今日釣ったという鮎を見せてくれた。

すっかり錆びていて、釣るにはあまりにも忍びなく、釣るのを断念。

 もしかしたら、あの錆びた鮎は、放流した鮎だったかも知れない!そんなことを考えながら、車で北上し続けた。

 途中、私の生まれ故郷の裏を流れる阿賀野川の上を車で渡った時、その水量の多さに改めて驚いた。

  幼い頃から、遊び親しんできた懐かしい川である。

 

加治川、荒川、三面川:

 と、越後の川を眺めながら、一路、今日の宿、温海温泉に向かった。

山形県に入るころには、大きな太陽が、日本海に半分沈みかけていた。

温海川

 温海温泉の宿の前が、温海川である。夕暮れの足下の温海川に目をやると、目の前で多くの鮎達がピシャピシャと大きな音を立てていた。よく見ると、浅い川の石に、無数の鮎達が背鰭を出して、石に着いたケイソウを食べ、その鮎達が反転したときに出る音がそれであり、そのかわいい音は、道端まで聞こえてくる。

鮎はまだたくさんいるので、嬉しくなった。

9/20(土)

 温海川を上流まで探索する。橋の上から見ると、かなり大きな鮎も見えた。

 7m 位の竿でゆっくり釣れば、かなり楽しめそうではあるが、ここで釣るのは、見送り、最上川まで、一気に北上した。

最上川

 山形の友人と合流して、午後、最上川の支流に入る。夕方まで、17匹のまだ錆びていない鮎を釣り、満足する。

 翌日の午後、清川で今年最後の釣りをする。

ここで竿を出すのは、7月から、4回目になる。浅い所の川の石は、鮎のハミ跡で、今なお、黒く、その黒さが、下流まで、延々と続いていた。

これを見ただけで、もう満足である。

 最上川の流れの強いところに、今の鮎はいない。お腹がフックラと膨らんでいるから..。

浅い流れの緩やかな所に集まっている。そんな鮎を釣った時、強い引きはもちろん無い。3時間位釣り、引き船の中には、8匹の鮎がいた。

 2週間前、美しく咲いていた萩の花は、すでに枯れ落ちて、ススキの穂だけが、静かに揺れていた。

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2008年9月 9日 (火)

最上川 と 「萩」 の花

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最上川の中で、最も水量が多く、流れの凄まじいところが、この「清川」 の瀬である。

9月になると、秋の七草 の一つ 「萩」 が、この清川の瀬に、花を添える頃、鮎達も静かに消えてしまう。

 鮎が消えても、なぜか、私はこの清川の瀬が好きだ!

2008.9.7(日)  朝 この瀬をじ-っと見ていると、無性に竿を出したくなった。

日曜日だというのに、この瀬の上下には、見渡す限り誰もいない。鮎が釣れないからである。

私は、川の岸辺に降りて、石を見ると、ハミ跡がかなりある。

ハミ跡から見て、鮎は、20cm前後である。この時期としては、小さい。おそらく、遅く遡上してきた鮎達だ。

オトリを、静かに、辺地に送り込むと、すかざず目印が飛び、竿を持つ手に強い衝撃があった。18cm位の鮎が、私を待っていてくれたかのように顔を見せてくれた。

それから、しばらくは、17cm~20cmの鮎達が、私を大いに歓迎してくれたのは言うまでもない。

ここ「清川」は ”松尾 芭蕉 の上陸の地” である。最上川を上流から船で下って来たのか、あるいは海上から、上ってきたのかは、さだかではないが、あまりの激流のため、船ではむりなので、ひとたび陸地に上がってのではなかろうか。

江戸時代は、ここの水量は、多分今の5倍位はあったのでは.....!そんなことを考えながら、竿を出していた。

 

「あつき日を 海に入れたり 最上川 」 松尾 芭蕉

の句は、ここで詠んだに違いない。などとこれまた勝手に考えながら、竿を出していた。

しかし、萩の花がこの最上川に咲き始める頃、鮎釣りの終焉でもあり、一抹の寂しさを感じる。

      

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2008.9.6

清川から、約2km下流   24cmの鮎が、歓迎してくれた。

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粕毛川(白神山地を源流とする、米代川の支流)

上流にダムがあるため、雨が降っても、濁りが遅い。米代川が赤濁りの時の避難場所の一つである。

とにかく、水質はいいが、上流のダムのため、雨の後は、少し白っぽいのは、がまんしなければならない。しかし、鮎も実に美しいし、香りも良い。

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 監視員が、オトリを河原まで、運んでくれるという。

  半信半疑で、電話をしたら、自分のいる川まで、オトリと、釣り券を持ってきてくれた。

 河原で、最近の釣れそうな場所を教えてくれるから、便利である。

写真:オトリの宅配便である。(市川さんと粕毛川)

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大河 阿賀野川

私が子供の頃遊び親しんだ川が、阿賀野川である。

流域の水量は、日本でも最大といわれている。

米代川と最上川を合わせたような水量である。

私の友人、鮎漁師のYさんは、”阿賀野川は、人間を寄せ付けない川” だと評した。

写真の遙か向こうに、鮎釣り師が竿を出しているが、小さすぎてよく見えない。この大河と人間とのコントラストが、阿賀野川のすまじさを物語っている。

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2008年8月 1日 (金)

最上川の鮎釣り

Dvc00045_4 2008年 の最上川 は、渇水状態である。

友釣り師にとって、これほど嬉しいことはない。

大河の最上川。今まで竿を出せなかったところまで竿を出せるので、荒瀬釣りの好きな人にとって今年は実にありがたい。

川の中に立ち込んで、オトリを入れると、竿先を一気に絞り込んでくる。

 その後の取り込みが、大変だ。

掛かった鮎を、下流に下がらせないようにするには、神経がいる。それでも、掛かり鮎はお構いなしに、一気に走る。

強引に止めれば、身切れを起こすことがしばしば。そして、浮かせるまでが興奮の局地だ。渇水状態とはいえ、大河最上川の水圧は、底流れが、強烈で押しが強い。

腰まで川に入り強い水圧を受けながらの取り込みは、鮎との格闘である。

掛かり鮎が水面を切ったら、自分の上流に振り子で抜くしかない。手じりを短くしていても、大きな鮎は、重いため水面すれすれに飛んでくる。

ようやく取り込むと、どっと疲れる。そして、しばらくすると、この疲労感が、えもいわれぬ満足感に変わる。大河での鮎釣りの醍醐味がここにある。

最上川の夏は今が、最盛期。そして、夏が過ぎるのも早い。

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2007年12月15日 (土)

球磨川 (1)釣行記

球磨川 釣行記 (1)

球磨川は、決して大きな川ではない。大鮎といえば、球磨川というくらい、大鮎の代名詞でもあった。

大鮎といえば、河川も、さぞかし大きい川かと思っていたが、この川を前にして立ってみると、減水の時期ではあるが、予想に反し、水量は、少なく、こんな小さな川に、大鮎はいるのだろうかと、目を疑った。

球磨川でも有名なこの瀬、「二股の瀬」の中心を、川下りの舟が下るのだが、船底を擦りはしないが、ぎりぎりの水量であった。

 同じ川下りでも、山形県、最上川の船下りの辺りの水量と比べたら半分にも満たない。

実は、正直に言って、ここに大きな鮎がいるとは、想像できなかった。

☆球磨川と大鮎との因果関係

この川にどうして大鮎がいるのだろうか?

球磨川と大鮎との因果関係は、どこにあるのだろうか?

それには、二つの理由があると思われる。

とにかく、川の水量の多少でないことは確かである。

所々にある淵は、「深くて」、「青々として」していた。水底に沈んでいる部分の、石が、とにかく大きい。どこの淵も、水面下の部分が、かなり、大きい。

 そのために、鮎にとっては、一回当たりの、苔の摂取量が、遙かに大きいことが予想される。

もう一つ、必要条件である、苔の生育に必要な、「水温」が最適ということが考えられる。

☆鹿児島の通称「田村の真ちゃん」

Nifty の釣りフォーラム の友人である鹿児島の通称「田村の真ちゃん」に今回、球磨川、五ヶ瀬川を案内していただいた。鹿児島空港から、ご自宅での宿泊まですっかりお世話になってしまった。

彼は、大変親切で、今回の釣行は、Niftyの仲間達との、OLMであった。

その数年後、長野県の天竜川に来られたときには、私が、案内し、豪快な天竜川の釣りを楽しんでもらおうと思っていたのだが、あいにく、雨後の天竜川は、濁っていて、十分楽しんでもらえず、悔やまれたのを今なお思い出される。

☆球磨川:二股の瀬

ここは、TVで、放映されたという。球磨川でも、人気のポイントとのこと。

私は、泳がなくても、ぎりぎり渡れそうだったので、中州に渡った。

中州に渡ってから、仕掛けを作った。

1号の道糸 5号の錘。 鉤:9号のヤナギ。目印は竿先から、1m下。

ここの瀬は、前評判と違い、水量も少なく、浅くて、とても大きな鮎がいるような気がしない。

錘は、5号から、3号に変更する事にした。

 とにかく、養殖オトリを、流心は避けて、ゆるやかな瀬の頭に入れる。

時々、辺りが伝わってくるが、鉤掛かりしない。9月の中旬だから、鮎の鱗が堅くて刺さりにくいのではなかろうか。しばらくして、針先を研いだ。

 11:00 

水温がかなり、上昇してきた。

よし、これで少し、鮎の追いが良くなるに違いない!

これから必ず釣れるだろう、そう、思って、のんびり釣ることにする。

辺りの中州には、誰もいない。私だけである。友人達は、下流に行っているので、助け船はもちろんない。

対岸に一人地元の人が、釣っていた。

私が、川を渡るときに、”すみません!下を渡らせて貰います!” と、声をかけたら、

 ”よかです” と、熊本弁で返ってきた。

 私は、どこの川でもそうだが、地元の人の、言葉が、無性に好きだ。

 のんびり釣っていると、根掛かり。錘が根がかりだから、切るしかない。オトリを一匹失う。しかし、まだ一匹あるから、気が楽だ。

 必ず釣れるはずだ。

☆(掛かり鮎、上流に走る)

11:30 水温が上昇して、30分経過した。日差しは強い。全国的に、鮎が追いを開始する時間帯だ。(^_^) 

 ようやく、瀬の真ん中、待望のアタリがあった。

しかし、オトリは全く動いていない。おかしいな、確かに竿先に、掛かった衝撃があったのだが...。

 すると、目印が、どんどん、上流に動き始めたではないか。

 大鮎は、よくこういう動きをする。

 私は、腰まで立ち込んでいるので、陸に上がって、取り込み体制に入った。

 鮎は、ジリジリ上に上がり始めたので、大鮎の予感だ。

 上に上ろうとする鮎を止めて、下のトロ場まで落とし込むことにした。

 球磨川の鮎を見れると思うと、興奮する。じっくり時間を掛けて、取り込むことにしているが、

大きさが判らないので、慎重に、糸をたぐる。道糸に、手をかけ、手元までくるのだが、私の顔を見ると、一気に深場に走る。実は鮎との、この駆け引きが、興奮の極みである。

 この球磨川の鮎は、手元に来てから、一気に深場に走るときに、ビュ-ンと、大きな糸なりを立てて、走っていく。なるほど、大きな鮎に違いない。

野鮎は私をあざ笑うかのように.....。前に、後ろに...、そして、上に下にと走る。

そんなやりとりをしながら、最後には、私のタモに収まった。27cm位。体高があるので、パワ-が、かなりある。

 引き寄せてタモに収まった瞬間に、ほっとする。引き抜きにはない、感激と、安堵感がある。

これが、球磨川の鮎か!!

しばし、この精悍な球磨川の鮎に見とれてしまった。

 その後も、27cmのこの野鮎を使って、同じような大きさの鮎を釣れてきてくれた。

27cmのオトリと、27cmの野鮎。

鉤ガカリすると、大きな鮎2匹が、グングンと上流に走っていった。  (二股の瀬 完)

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