2018年5月18日 (金)

幻の魚 イトウ釣り  探検隊

(写真 再掲)

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2017年9月 イトウ釣り探検隊  現地の名案内ガイ

ドはバギー、アンハ-。秘境での釣りを堪能できた

のもこの二人のお陰でした。 2018年9月は、今も

ほとんど人のいない「ノモンハン事件」で有名なモン

ゴル.中国、そしてロシア国境附近の探検の事前打

ち合わせを行った。 

九州からわざわざ、渡辺さんさんが上京してくれた。 

二次会は、ワインバ-で盛り上がった!今年も

イトウ(Mongolian Taimen)と対面できますように!

昨年のイトウ釣り探検隊。

現地の仲間達と。

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モンゴル草原の乗馬の素晴らしさ

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先日、随想の執筆を依頼されて、乗馬とシベリア国境附近

での「イトウ釣り」について書いた記事である。

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2018年2月11日 (日)

鹿児島の大鯛釣り!

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入り鯛」
モンゴル遠征隊の仲間が、ぜひ鹿児島に大鯛釣り来い! という。

太平洋の鯛が鹿児島の錦江湾に産卵のために集まるという。
2月、寒風が吹き荒ぶ海で鯛が釣れるのかと半信半疑で行っ...

てきた。 外の気温 2度C。 寒くて震えたが、
 鯛が釣れ始め、午前中、大鯛が5匹も釣れた。他の魚は
全く釣れない。真鯛だけである。

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太平洋の鯛がここ鹿児島の知多半島と指宿との狭い海峡に
入ってくるのだという!
 そこの入り口で釣るのだ。とにかく釣れた。その後の
処分を友人が心配していた。 私の親戚は長野、山形、福島
に送るので心配しないでください!と言って、釣り続けた。
優勝した力士が撮影するときの鯛は、鹿児島の鯛である
と船頭さんは言っていた。 
あのくらいの鯛が翌日の半日まで、私は大鯛が、「14匹」
釣った。

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産卵に来る鯛を釣るのは..、良心がとがめるかもしれませんね!
と、誘ってくれた同好の釣り友人が言っていた。
 私が釣る数は、知床川に遡上する鮭の群れを、ヒグマが
を捕まえるのと変わらないような気がするのですけど..。
と、自己弁護しておいたのだが...。

開聞岳を見ながらの大鯛釣りは私の忘れ得ぬ釣りの一コマとなった。

西郷さんの頃からこれらの鯛を「入り鯛」と呼ぶそうだ!

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2018年1月12日 (金)

福島県の中学生 80人を招待!

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福島県の子供達が放射能汚染で外で運動ができない! 
それ以来、毎年福島県の中学生を関東に呼び、福島.

関東のバレ-ボール交流会が開催されてきた。
2017.12.23 東京お茶の水ロータリークラブも福島県

の5校中学生80名を呼び活動を支援した。
12/23 神保町の古本屋街を見学し、12/24は

バレ-ボ-ル交流会に参加。
全日本バレ-ボ-ル協会の選手は、各中学校の生

徒に個人指導。

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(全日本バレ-ボ-ル協会眞鍋監督と選手)

子供達は目に見えて、進歩し帰京後の

良い思い出になるに違いない。

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2017年11月19日 (日)

「新潟県 阿賀町(私の故郷)の米、が記事に!」

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日本経済新聞 2017.11.19(日)朝刊 p.10     

 阿賀町は小さな町である。ここで採れる米は極めて少ない! 

  しかし、味が良いとのことで、今では、ここで採れる米が 

 JALのファ-ストクラスにも供給されていると聞いたのは数年

前である!。我が故郷の米が記事に載るのは嬉しい限りである。


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2017年11月11日 (土)

「玄界灘」の荒海でなぜ、船酔いしなかったのか?

「玄界灘」の荒海で、私は酔わなかった!!

 何故だろうか?

隣の青年は、何度も「玄界灘」に釣りに来ていて

、酔い止めの薬を服用してきたという。しかし、

左右、上下に揺れる船の中で何度も海の中にコマ

セをまいて気の毒であった。

 私にもその内、薬を飲んでいるものの、同じ現

象が来るのだろうと常に不安に苛まされていたが、

最後まで船酔いの気配が全くなかった。

不思議だ!

 思い当たることは、草原での乗馬である。そうだ!

それに違いない!

毎年、モンゴルの草原で馬を走らせている。今年も、

7日間 馬の上で鞭を打った。

 馬が草原を走っている時(競走馬のようにGallop

する時)の上下の動きは、揺れる船以上に激しく断

続的な上下運動を伴う。そのため、私の三半規管が

麻痺しているに違いない!

「玄界灘」の荒海で、酔わなかったのだから、自信

に繋がった。

これから、近海の海では、「湖」のようなものに感

じるかもしれない。😊

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 クエ、アコウ、ヒラマサ、そして真鯛。この他に

大きなヒラメもいるが、さすがこの魚の前では影が薄い。

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「玄界灘」 波高し

「玄界灘」 それは私にとって、荒海の代名詞でしか

なかった。

 

司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」のハイライト..。

 

東郷平八郎率いる日本艦隊が、ロシアのバルチック

艦隊を殲滅させた対馬、沖の島あたりの海。

 「天気晴朗なれど波高し!」

 秋山真之が連合艦隊出動の暗号を打電した。名文

が思い起こされた。

 

 歴史を感じさせる場所でもあり、行ってみたいという夢

はあったが、まさか、行けるとは思っていなかった。

 

 しかし、今年9月 モンゴルとロシア国境附近へイトウ

釣りに同行した仲間の渡辺さん、柴田さんのお二人に

誘われて、実現した。

 

玄界灘での釣りは、渡辺さんの支援と柴田さんの献身的

な準備とがあって、「玄界灘」に向かうことになった。

 そして、とうとう、「玄界灘」の真鯛を釣ることができた。

 

11/9 この日の天候は、北風。

他の舟はこの日、時化で出船しなかったと後で聞いた。

私達は東京から行ったこともあり、

「玄界灘」に向かい、壱岐の島 あたりまで行って、果敢

に竿を出した。

 九州地方での定番の釣り方「落とし込み釣り」で時々

TVで見たことがある。

とにかく、大揺れの中で二本の足で立っているのが難しい。

それでも、踏ん張って竿を出した。なんとか、小ぶりの

「ワラサ」が釣れた。

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 この「玄界灘」の荒波の中、私は不思議にも、全く酔う

ことがなかった。(後述する)

 

11/10 師匠 渡辺さんの指導を受けながら、

なんと朝の第一投目から小さいながらマダイが顔を

見せてくれた。

その日は、なんと、大小 合計八枚の真鯛が釣れた。

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渡辺さん、柴田さんの二人の師匠のお誘いと支援がな

ければ、多分、玄界灘での釣りは一生体験できなかった

だろう。

私の釣り人生の中で、玄界灘の荒海の中での釣りは

かけがえのない思い出となった。

渡辺さん、柴田さんのお二人に感謝です。

 

帰りの「玄界灘」は一段と狂ったように荒れていた。

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2017年11月 2日 (木)

シベリアの夕焼け 夏の思い出

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シベリア とは、モンゴル語で「森」と言う意味らしい。

冬になると -40度 にもなる。

この過酷な大地に日が沈むと、一面静寂に襲われ、

 時々狼の声が響き始める。

ここでは、狼が夜の支配者である。

 

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2017年10月17日 (火)

落馬の動画

風がかなり強く、馬が神経質になっていた。

先頭の馬が、急に立ち上がり、暴走した。

 その瞬間、すぐ後ろの馬も、驚いて、一緒に暴走。

 暴走まではいいが、その後、乗っている人間を振り落

とそうとして馬は、尻を跳ね上げて乗っている人間

を振り落とそうとした。

 こういう状況では、落ちない方が無理である。

 遊牧民でも多分振り落とされるかもしれない。

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https://www.facebook.com/hirofumi.watanabe1/videos/10210633801623528/

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2017年9月27日 (水)

「蒙古幻の魚釣行隊」

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モンゴルとロシア国境付近が目的地である。

モンゴルの首都ウランバ-トル(ULB)から約600km

先の国境付近を目指してデコボコ道の長い旅

が始まった。

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毎年日本人は私一人であったが、今年は5

加し、秘境に向かった。日本人にとって

国境付近はほとんどいくことができない場

所であり、幻の魚と呼ばれるイトウ(陸

されたサケ科の魚)が棲息し、アングラー

にとっては垂涎の場所である。  私は

1955年モンゴルの草原へ乗馬に行き、爾来、

草原を走ることの魅力に憑かれて久しい。

当時、乗馬の若い学生スタッフが今実業家

としてULBで活躍していることか20年ぶ

りに再会し、2015年から一緒にモンゴル辺

境の地へ釣りに行っている。現地の釣り

チ達と一緒だから、イトウはいつも対面で

きる

ULBから3台の車(ランクル、サファリ、パ

ジェロ)で走る。

舗装道路はすぐに終わり悪路を走り続ける。

橋のないところは、浅瀬を見つけて水力両用

車のように徒渉する。

行けども行けども草原の悪路は続く。小高い

丘と草原が続き時々、羊の群れに遭遇する。

 次第に国境付近に来ると、樹木が生い茂り

、草原の景色は一変し羊より、牛の方が多く

なる。牛の種類が草原の牛と違い、一回り大

きい。家も木造の家が多いのは、近くに大き

な木が多いからであろう。

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 ULBを朝5時に出て、ようやく目的地に着いた

のは夜9:00ころであった。

月が煌々と輝き長い一日の旅も終焉した。

今回の探検隊は

日本人6人(内レディ-1人)、モンゴル人8

(内現地案内人と料理担当の奥様)。

 

設営していると、遠くで狼の遠吠えが聞こえ

てきた。 蒼き狼の歓迎である。

 狼の声が聞こえると不思議にイトウが釣れて

いた。

20159月の時も、夜9:30頃、釣っている

すぐ背中の山(約500m位)で一晩中狼が鳴い

ていた。500mといっても夜の暗闇の中では

、すぐ頭の上で鳴いているようで、前の川の釣

りよりすぐ後ろの狼の方が恐ろしい。モンゴル

の仲間達は、人間5人もいれば襲ってこない!

と言いながら、釣り続けていた。

この時も、狼が鳴いている中でイトウが釣れ

た。

今回の狼の遠吠えは、吉兆に違いない。

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912日 朝 5:00頃。Sさんは、イトウを釣

った!!

Sさんは30年前からモンゴルでイトウを釣る

ことが大きな夢で、今回の釣行には周到な準

備をし、万全な体制で臨んでいた。

そして、その大きな夢が成就した瞬間でもあ

った。

 その陰には、地元のBさんの現地案内人の正

確な現地案内があったことも幸運であった。

 

「ブリアート族」

日本人の祖先について諸説あるが、バイカル

湖の東側のブリアート族のDNAが最も近い

と言われている。

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(右端:Bさんはブリアート族 私の親戚の人

    と酷似)

今回の秘境への旅はブリア-ト族が住んでい

る地域に向かって進んだ。 国境近くに行く

と樹木が多くなり草原の景色とは一変する。 

シベリア とは、モンゴル語であり「森」

意味する。その森から流れる川に、イトウは

生息している。

「ネズミのルア-」

 草原には、ネズミがたくさんいる。ネズミた

ちが夜川を泳いで渡る時、イトウはそれを川底

から一気に捕食する。イトウが別名、「川の狼」

と言われる所以である。

 そのため、夜イトウをつるときは、ネズミの

ルア-が最善である。

 昨年、私も、夜、ネズミのルア-を引いて、

待望のイトウを釣った。心臓の鼓動がピークに

なった瞬間であった。

                                         続く....。

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